しかし、投げやりな気持ちになっていたわけでは決してなく、がんとわかってからは、食事には大変気を使われて、玄米菜食を徹底していたとも言われています。体調が悪くても、点滴を受ける程度の通院や検査で済ませていたといいます。
つまり、積極的な治療は何もしなかった、ということ。肝がんは、がんの中でも再発するリスクが高いがんです。肝がんの主な原因が肝炎ウイルスによるものなので、がんが取り除けたとしてもウイルスが存在している限り、慢性肝炎という再発リスクを抱えているということになります。肝臓がんは切除後2年以内に70%で再発すると言われています。
緒形さんは決してがん治療から逃げていたとは思えません。がんが判明した時点で仕事を優先させ、「治療せず」という選択をしたのでしょう。役者さんという仕事柄もあるかもしれませんが、緒形さんという人の生き方そのものであったと思います。
そして無治療であっても8年間も大好きな仕事に打ち込むことができたので、良かったと思います。私自身がもし気がついた時に進行した肝臓がんであれば、場合によったら緒形さんのような選択をするかもしれません。
がんという病気は、その人その人によって違います。何よりも大切なことは、決して逃げずに向き合うこと。緒形さんは治療はしませんでしたが、大きな決意をしたうえでがんと向き合ったからこそ充実した俳優人生を閉じられたのでしょう。そして、がんと発覚した時点で、死をも覚悟していたように、『風のガーデン』の迫真の演技からは見て取れるのです。
■長尾和宏(ながお・かずひろ) 長尾クリニック院長。1958年香川県出身。1984年に東京医科大学卒業、大阪大学第二内科入局。阪神大震災をきっかけに、兵庫県尼崎市で長尾クリニック開業。現在クリニックでは計7人の医師が365日24時間態勢で外来診療と在宅医療に取り組んでいる。趣味はゴルフと音楽。著書は「長尾先生、「近藤誠理論」のどこが間違っているのですか?」(ブックマン社)、「『平穏死』10の条件」(同)、「抗がん剤10の『やめどき』」(同)。