このとき、朝日新聞のインタビューではこんな発言をしていました
「もう落語に飽きちゃったというか、キザに言えば奥義を窮めたというか、自分自身の中でね。落語は常識に対する非常識。私はそれをさらに進めたクレージーな落語みたいなとこまで行っちゃった。もういいだろうという気がする。今後自分が落語に新しいものを発見できるかというと、どうも無理だろう。肉体的にも無理だろうという気がします」
しかし一方で、こんな発言も。
「いい年こいて、と客観的に見ている自分と、まだ娑婆(しゃば)に未練がある自分とが両方いるんですね」
「医者の言う通りにしているとどんどん元気になるんだ。ところが、おとなしく素直にしているのは談志らしくない、ビール飲んでる方がお前らしいよと言う自分がいて、いらついて、また安定剤をもらったりしてね。どうも厄介なんです」
破天荒に生きてきたからそ、受け入れがたい、己の肉体の「老い」と「病」。医者の私でも、この気持ちは痛いほどわかります。肉体は老いていくが、芸は年を重ねるごとにどんどん円熟していくのですから、尚さらの不条理を感じるのでしょう。次回は、そんな談志さんの死生観と最期を見ていきましょう。
■長尾和宏(ながお・かずひろ) 長尾クリニック院長。1958年香川県出身。1984年に東京医科大学卒業、大阪大学第二内科入局。阪神大震災をきっかけに、兵庫県尼崎市で長尾クリニック開業。現在クリニックでは計7人の医師が365日24時間態勢で外来診療と在宅医療に取り組んでいる。趣味はゴルフと音楽。著書は「長尾先生、「近藤誠理論」のどこが間違っているのですか?」(ブックマン社)、「『平穏死』10の条件」(同)、「抗がん剤10の『やめどき』」(同)。