小向美奈子を舞台に…坂口杏里も!? 経営者として辣腕振るった浅草ロック座名誉会長「斎藤ママ」追悼秘話 (1/2ページ)

2017.05.02

文字通り裸一貫から興行の道を登りつめた斎藤さん(写真)。ビートたけしからも慕われた
文字通り裸一貫から興行の道を登りつめた斎藤さん(写真)。ビートたけしからも慕われた【拡大】

  • <p>ビートたけし</p>

 タレントのビートたけし(70)らから慕われた東京・浅草のストリップ劇場「浅草ロック座」名誉会長、斎藤智恵子さん(90)が4月28日、胃がんのため死去した。自らストリッパーとして舞台に立ち、映画界にも大きな影響を与えたその生涯を専門家が語った。

 36歳のときに「東八千代」の芸名でストリッパーとしてロック座の舞台に立った斎藤さん。1972年からは経営者として辣腕(らつわん)を振るった。

 江戸川大学准教授(大衆芸能史)の西条昇氏は「ストリップは70年代ごろから関西を中心に、観客参加型の『まな板ショー』などが始まり、風俗化していった。そんななか、斎藤さんはストリップをあくまでショービジネスだと考え、パリのムーランルージュやクレイジーホースを手本に、芸術性のある舞台を作り続けた」と解説する。

 芸能界との結びつきも深い。

 「当時、派手に遊ぶことで知られた若山富三郎さんのタニマチになり、その若山さんが『浅草に面倒見のいいママがいる』といって、弟の勝新太郎さんを紹介した。斎藤さんは勝さんが演じた『座頭市』のテレビシリーズなどに製作資金を提供することになる」

 浅草の別のストリップ劇場「フランス座」で下積み時代を過ごしていたのが、ビートたけしだ。

 

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