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【当てちゃる券】いつか後輩に内田君が出てきたら

<<2017年7月19日発行、夕刊フジから>>

 スターになる人は、みな名前がかっこいい。たとえば中野浩一さん、スマートな音がスーッと頭に入っていく。

 今なら新田祐大か。名前からしてスケールが大きそうだし。例外だけど、がのさんの菅野浩司って名前もいい。「横浜の菅野です」なんて言ったらマリノスかベイスターズの選手と間違えそうだ(笑)。

 若いときは、内田って名字はイマイチだなって思っていた。S級に上がったころ、ガッツ石松似のコワモテの先輩に突然、検車場で話しかけられた。

 「おめぇ、内田ってんだよな? 俺とおんなじ名字だっぺ。応援してっからよ、強くなれよ」

 強烈な茨城弁の主は、内田幸男さん(37期=引退)だった。当時、内田先輩はS級1班のバリバリのマーク屋。一流選手が若造の私に話しかけてくれたことが、とてもうれしかった。いつか後輩に内田君が出てきたら、私も同じことを言おうと思っていた。

 2008年9月。玉野競輪場で、ある選手に声をかけた。

 「最近マークに変わっていいレースをしているね。同じ内田だし、応援してるよ。次のオールスター競輪は頑張れよ!」

 「内田先輩、ありがとうございます。がんばります」

 自信に裏打ちされた笑顔で応えてくれたのは内田慶(栃木87期)だった。彼がオールスター競輪の初日に事故死したことを夕方のニュースで知った。あのとき、全身の血の気が引いたのを鮮明に覚えている。今でも玉野で見た彼の笑顔を思いだす。(元競輪選手)

■内田浩司(うちだ・こうじ)1962年8月26日生まれ。福岡県出身。83年4月に51期生としてデビューし、S級上位で活躍。2015年10月29日に引退。通算435勝、優勝34回(記念Vは92年門司記念など6回)。FI先行・吉岡稔真(としまさ=福岡県65期)元選手の兄弟子で連携は多数。実直な性格と厳しい指導から“鬼軍曹”として恐れられていた。夕刊フジ競輪面にコラム『当てちゃる券』を連載中。競輪祭では特別コラム『小倉競輪祭 なう&リメンバー』を執筆。

※原則として新聞掲載時のまま再録していますが、一部加筆・修正を行っています。