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【当てちゃる券】続・小倉と久留米の選手同士の仲は?(下)

≪2017年9月26日発行、夕刊フジから≫

 同県でありながら他県のように振る舞う小倉と久留米の選手たち。

 違いは気質だけではない。レースに参加するときの交通手段も全く違う。小倉の選手は主に新幹線(小倉駅)を利用するが、久留米の選手は飛行機(福岡空港)を利用する(現在は九州新幹線があるし、当時とは違うが)。それに普段、練習でともに汗を流すこともなく、レースの行き帰りも別々、顔を合わせるのは参加中だけ。これでは同県だからとくくられても無理があるのは当然だろう。

 しかし、流石にS級に上がるとそんな空気は消えた。レースでは「九州」という単位が優先し、あの頃は中野浩一さんを中心とした硬い一枚岩だった。ところが、1991年3月の一宮ダービー決勝戦でそれは起きた。決勝に九州からは中野浩一さんのほかに3人の福岡勢(江嶋康光=39期引退、小川博美=43期引退、平田崇昭=55期引退)と井上茂徳さんがいた。過去に団結してフラワーラインと戦ってきた九州勢だったが、中野さんは「久留米4人で結束する」とコメントし、盟友・井上さんとの別線を宣言したのだ。

 中野さんの真意は分からないが、井上さんは「これからは、好きに走らせてもらうと決意した」と後年、自戦記に書いている。そして、同年7月のふるさとダービー福井で吉岡稔真の後ろを回る中野さんに、さっそく井上さんが競り込むという大事件が起きた。

 前回、私の思い出話で似た話を書いたが、中野さんが特別の決勝で九州ではなく「久留米」を優先したのも気質なのかもしれないなって、ふと思った。(元競輪選手)

■内田浩司(うちだ・こうじ) 1962年8月26日生まれ。福岡県出身。83年4月に51期生としてデビューし、S級上位で活躍。2015年10月29日に引退。通算435勝、優勝34回(記念Vは92年門司記念など6回)。FI先行・吉岡稔真(としまさ=福岡県65期)元選手の兄弟子で連携は多数。実直な性格と厳しい指導から“鬼軍曹”として恐れられていた。夕刊フジ競輪面にコラム『当てちゃる券』を連載中。競輪祭では特別コラム『小倉競輪祭 なう&リメンバー』を執筆。

※原則として新聞掲載時のまま再録していますが、一部加筆・修正を行っています。