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【当てちゃる券】レースで悟ったこと 弥彦ナイター最終日10R 早期卒業菊池VS在校49位原田〔2〕⇔〔5〕-〔3〕〔6〕〔7〕

 コロナ禍が競輪界も巻き込み、開催中止の競輪場が数多く出てきた。参加選手には今のところなんの保障もなく、これが続けば死活問題になる。全国の街からは人が消えて静まり返り、生きるのも命懸けになってきた。

 競輪選手にとってはレースも命懸け。レース中、落車にビビらず走れるかは勝つための大きな要素になる。

 オレはデビュー2戦目の熊本競輪で死亡事故を見た。救急車で運ばれた選手が数時間後に亡くなった。次の日、事故のあった3コーナーで神主さんがおはらいをして、全員で黙祷(もくとう)をすると、その日も当たり前のようにレースがあった。

 このことは結構トラウマになりオレの頭の中に長く残った。誰もレースで死にたくない。走行技術が未熟な若手が先行から始めるのは当然といえば当然のことか。気持ちよく逃げている後ろで競りが始まると時々ガッシャーンとすごい音がして、よく落車が起きた。その度に“マーク屋にはなりたくないな”と思った。

 ベテランになるとマークする機会も増えた。オレは中途半端な選手だったのでよくイン粘りされた。ただ、経験を積むことで苦手な外競りも、いくらかやれるようになった。アンコ(3車並走の真ん中)になっても絶対引かないとか、4コーナーでバックを踏まないで突っ込むなんていうのは、落車がよく起きる展開だけれど、気持ちで負けたら終わりだ。

 “レースで起きることは全部受け入れよう”と思えるようになってからは肩に力が入らなくなった。

 弥彦ナイター最終日A級決勝(10R)はハイレベルな4分戦。準決勝は3個レースとも見応えがあった。早期卒業の菊池より、内容からオレは原田が上と見た。師匠は中村浩士(千葉)。在校49位の彼の先行には厳しい練習の裏付けを感じる。エリートvs劣等生の対決が見もの。〔2〕⇔〔5〕-〔3〕〔6〕〔7〕。

 脚をためる大谷と丹波も菊池と原田の先行バトルが長引くと出番あり。

(元競輪選手)

■内田浩司(うちだ・こうじ)1962年8月26日生まれ。福岡県出身。83年4月に51期生としてデビューし、S級上位で活躍。2015年10月29日に引退。通算435勝、優勝34回(記念Vは92年門司記念など6回)。FI先行・吉岡稔真(としまさ=福岡県65期)元選手の兄弟子で連携は多数。実直な性格と厳しい指導から“鬼軍曹”として恐れられていた。夕刊フジ競輪面にコラム『当てちゃる券』を連載中。競輪祭では特別コラム『小倉競輪祭 なう&リメンバー』を執筆。