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【当てちゃる券】競輪選手の悲しいサガ 別府ナイター最終日9R 橋本の自力決着〔2〕⇔〔5〕-〔1〕〔4〕〔7〕

 サマーナイトフェスティバル(GII)に初登場した寺崎浩平(福井・117期)はいい内容だった。初日と最終日はビッグネームを引っ張り、2日目は得意のまくりを決め、お披露目開催としては上々の成績だろう。

 ひどい梅雨だ。

 数十年に一度と言われる豪雨が毎年襲ってくる。ニュースで大分県竹田市直入町の被害を伝えていた。12年前、この町にあるサーキットで行われたママチャリ4時間耐久レースに参加したことがある。

 その日も土砂降りだった。スタートは縦一列に並べたママチャリまで走って乗車するル・マン式だ。小倉選手会チームはハンデとして45チーム中最後尾からのスタート。先頭のチームからは200メートルも離れていた。

 第1走者は北京オリンピック帰りのエース北津留翼。1430メートルの高低差のあるコースでなんと彼は1周目で44人全員をごぼう抜きにしてトップで現れた。2番手以降の精鋭たちも順調に周回を重ね、いよいよオレの番がきた。

 ノルマは3周だ。

 「どいたどいた~!」

 “競輪選手の悲しいサガ”なのか後先も考えず周回遅れを全力で抜きまくったが、気づいたときは遅かった。最大傾斜8・5パーセントの急坂を上り終えた瞬間、46歳の体に燃料は一滴も残っていなかった。オレはあと1周を残しピットインした。

 2位チームは真後ろまで迫っていた。結果は優勝だったがその後オレが2度とママチャリ4耐に選ばれることはなかった。

 別府ナイター2日目S級準決勝は3個レースとも支線の頑張りで激しいレースだったが、個人的には9車立の方が複雑でスリリングで好きだ。なかなか当たらないけど。

 最終日S級決勝(9R)は先行不在のメンバーで出渋りレースとなりそうだ。多少早めでも格上・橋本が自力で決着をつける。〔2〕⇔〔5〕-〔1〕〔4〕〔7〕。(元競輪選手)

■内田浩司(うちだ・こうじ) 1962年8月26日生まれ。福岡県出身。83年4月に51期生としてデビューし、S級上位で活躍。2015年10月29日に引退。通算435勝、優勝34回(記念Vは92年門司記念など6回)。FI先行・吉岡稔真(としまさ=福岡県65期)元選手の兄弟子で連携は多数。実直な性格と厳しい指導から“鬼軍曹”として恐れられていた。夕刊フジ競輪面にコラム『当てちゃる券』を連載中。競輪祭では特別コラム『小倉競輪祭 なう&リメンバー』を執筆。