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【艇王・植木通彦 ボートレース人国記】徳島・鳴門の巻(下)“ターンの魔術師”中道善博氏と伝説の激闘 (1/2ページ)

 SG第25回オーシャンカップは26日、峰竜太(佐賀)が優勝を飾った。今回はその開催地・徳島県のボートレース鳴門を地元とし植木通彦ボートレースアンバサダーと史上最高の名勝負を演じた“宿敵”中道善博さん(71)=ボートレース評論家=の登場だ。2000年引退までSG優勝8回、GI・PGI優勝30回の古豪だ。

 「中道さんとは私も何度となく対戦しました。中道さんは“ターンの魔術師”といわれ、まくったはずなのにどうしてその位置に? どこをどうターンしたのですか? という感じの鋭さでした。中でも1995年のSG第10回グランプリ優勝戦(大阪・住之江)では3周回通して抜きつ抜かれつの大接戦を演じ、今でも多くのファンがYouTubeなどで視聴しています」

 まさに伝説のレースで「当時私は27歳。世代交代が始まる前兆となるメンバーがそろっていました」。中道氏や野中和夫氏(大阪)のベテラン勢に対し、熊谷直樹(東京)、烏野賢太(徳島)、松井繁(大阪)の各選手と植木氏という新旧の代表的なスターが勢ぞろい。植木氏には思ってもみない展開となった。

 「5枠で出場した私はセンター中心にレースを考えていました。いざ本番では6枠の熊谷選手が前付けから内側コースを主張、私もできる限り枠を主張しようと前付けに行く形となりました。早々とスタートラインに正対させようとする熊谷選手に対して、私はそれまで経験したことのないコース取りとなりました。センター想定なのに、2コースから助走距離の短いスタートとなり“大時計の針よ早く動け”と心の中で叫んだほどです」

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