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【内田浩司 小倉競輪祭 なう&リメンバー】競輪祭5日目 九州勢、奮起せい!“神様”は小倉にいる

 5日連続で書かせていただいたこのコラムもいよいよ最終回。振り返ると許された3日間、オレはドームに足しげく通い、感じたことや自分の走った競輪祭を思い出しながら全力で書いた。

 4日目はホームスタンド5階にある記者席からナマ観戦し、臨場感を味わった。ひと山越えたら準決勝進出の二次予選、当然レースは大激戦で高配当が続出。九州からは園田匠と山田英明だけが山を越え、2人は準決勝12レースでタッグを組む。強敵だらけだが、“全集中”で勝負してほしい。

 ひとつ言いたいことがある。競輪祭の準決勝に地元の九州勢がたったの2人だけちゃなんや? 若手がバンバン出てくる他地区とどこが違う? どげんかせんと来年は一人も準決勝におらんごとなるばい。

 おとといの遅い時間、『焼鳥かさ岡』に解説の緒方浩一さんが来られた。酔った大将は緒方さんに開口一番、こうのたまったらしい。

 「昨年、山口健治さんが一人で来てくれましてね。帰りに一言『釣りはいらねぇよ。名刺代わりだ』と言って1万円札をポーンと置いて帰ったんですよ。ヤマケンさんカッコよかったなぁ~」。緒方さん、帰りにお釣りを断ったそうです(大笑)。

 ダイヤモンドレースを観て、帰ろうとしていたら神山雄一郎と今回初めて会った。52歳で競輪祭出場30回目の大記録保持者は明日の番組に不満そうだった。

 「明日は坂井洋と一緒だと思ったんですが、まくりの3番手はつまんないですよね」

 「弱くなると番手が下がるのが競輪だからなあ。でもなぁ、神様はここにいるだけでいいんだよ。雄一郎、身体を大事にしろよ。また、来年ここで会おうな」

 そう言ってオレは神山雄一郎に手を合わせて競輪場を後にした。(元競輪選手)

 ■内田浩司(うちだ・こうじ) 1962年8月26日生まれ。福岡県出身。83年4月に51期生としてデビューし、S級上位で活躍。2015年10月29日に引退。通算435勝、優勝34回(記念Vは92年門司記念など6回)。FI先行・吉岡稔真(としまさ=福岡・65期)元選手の兄弟子で連携は多数。実直な性格と厳しい指導から“鬼軍曹”として恐れられていた。夕刊フジ競輪面にコラム『当てちゃる券』を連載中。競輪祭では特別コラム『小倉競輪祭 なう&リメンバー』を執筆。