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【内田浩司のまくり語り】見せたかった競輪~今夜は小倉2日目10R町田太我のレースでパワーをもらう…

 オレは今、ある物流会社でフォークリフトに乗っている。そこには北九州全域に配達される膨大な荷物が連日、全国から運び込まれている。当然だが、小倉競輪に参加する選手の自転車が入ったハードケースもバンバンやって来る。

 そこでTさんという長距離トラックのドライバーと仲良くなった。誠実な人柄に心を許したオレは、前職が競輪選手だったことを明かした。

 「いつか休みをとってのんびり沖縄旅行をしてみたいんです」と言ったTさんはいつも疲れているように見えた。

 「それなら来週、オレのなじみの沖縄料理店に行きませんか」と誘った。その夜、酔いも回った頃「こんな楽しい時間は本当に久しぶりです。次は競輪に行きたいです」と言ってくれた。

 いつものように店主が目の前で三線(さんしん)を弾いて、沖縄民謡を歌い始めるとTさんは人目もはばからず泣いていた。理由を聞こうとは思わなかった。人は色んな事情を抱えて生きているからだ。

 「競輪て面白いですよ。楽しみにしててください」とは言ったものの、コロナ禍のせいで観戦はのびのびになっていた。

 昨年末、Tさんはサバサバした表情でオレにこう言った。「離婚しました」

 あの時の涙の理由が少し分かった気がした。彼の仕事は関西の某都市を夜出発し、早朝までに北九州に荷物を届けること。Tさんに会ったらかける言葉はいつも決まっていた。

 「運転気をつけて下さい」

 週末、出社したオレの顔を見るなり同僚がこう言った。

 「Tさんが昨日事故で亡くなりました」        日曜日の夜、オレはあの日と同じ席に座り、下手くそな三線を弾きながら、涙で割った泡盛を飲んだ。

 いつまでも落ち込んではいられない。町田太我のレースを観てパワーをもらわないと。

(元競輪選手)

■内田浩司(うちだ・こうじ)1962年8月26日生まれ。福岡県出身。83年4月に51期生としてデビューし、S級上位で活躍。2015年10月29日に引退。通算435勝、優勝34回(記念Vは92年門司記念など6回)。FI先行・吉岡稔真(としまさ=福岡・65期)元選手の兄弟子で連携は多数。実直な性格と厳しい指導から“鬼軍曹”として恐れられていた。夕刊フジ競輪面にコラム『当てちゃる券』を執筆。『まくり語り』を連載中。競輪祭では特別コラム『小倉競輪祭 なう&リメンバー』を執筆。