【マンガ探偵局がゆく】『ジャイアントロボ』絵に違和感のワケ 横山光輝と小沢さとる、奇跡のコラボで誕生

横山と小沢の合作『ジャイアントロボ』と小沢の代表作『サブマリン707』

★ミッション(18)ジャイアントロボなぜ絵に違和感?

 1960年代はマンガだけでなく、テレビ番組にも魅力ある作品が溢れていた。どれを観るかで迷ったり、兄弟でチャンネル争いなんてこともあったのだ。今回の依頼もそんな世代の方から。

 「小学校の頃好きだった特撮番組に『ジャイアントロボ』がありました。少年が巨大ロボットを操って、悪の組織の陰謀を打ち砕くというお話で、ロボを動かすのに使う腕時計型操縦器の代わりにオヤジの腕時計を黙って持ち出して、ひどく怒られましたっけ。原作は横山光輝さんだったと思うのですが、マンガの絵が少し違っていた気がするのは、なぜでしょう?」 (元テレビっ子、58歳)

 

 特撮ドラマ『ジャイアントロボ』は、NET(現・テレビ朝日)と東映が製作し、1967年10月から68年4月まで、全26話が放送された。

 宇宙からやってきたギロチン帝王がつくった悪の組織「ビッグファイア団」から地球を守るため、国際秘密警察機構・ユニコーン団の草間大作少年が、巨大ロボットGR1とともに戦うというストーリー。GR1は大作の命令にだけ反応し、少年とロボットの交流が描かれたのが新しかった。

 東映から、ロボットものの番組を横山光輝の原作で、という企画が『週刊少年サンデー』に持ち込まれたのは67年夏。横山はすでに忍者マンガの『飛騨の忍者赤影』を連載中で、一度は断ったが、同じサンデーで海洋冒険マンガ『青の6号』を連載中だった小沢さとるとの共作なら、と譲歩した。

 エンジニア出身という異色の経歴を持つ小沢はメカを得意とするマンガ家。代表作に『サブマリン707』がある。デビューまもない小沢が横山の『鉄人28号』を手伝ったことが縁でふたりは意気投合したのだ。

 探偵局長は、2012年に小沢を取材したが、連載前の小沢はマンガ家としての限界を感じてエンジニアに戻ることを考えていたのだという。しかし、横山との合作にやる気を取り戻し、連載を引き受けた。

 基本的なプロットとロボットのデザインを横山がつくり、キャラクターや構成は小沢。横浜在住だった小沢が横山が住んでいた東京・池袋まで行き、深夜喫茶でアイデアを練り、横浜に戻ってペンを入れた。途中、何度も電話打ち合わせを繰り返したという。

 さまざまな理由で小沢が降りたいと言い出したために、合作は第1部「誕生篇」の途中までで解消。その後は横山がひとりで描きついだ。依頼人が絵が違うと感じたのは、小沢が担当したパートを読んだからだろう。

 ■中野晴行(なかの・はるゆき) 1954年生まれ。フリーライター。京都精華大学マンガ学部客員教授。和歌山大卒業後、銀行勤務を経て編集プロダクションを設立。1993年に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』(筑摩書房)で単行本デビュー。『謎のマンガ家・酒井七馬伝』(同)で日本漫画家協会特別賞を受賞。著書多数。2014年、日本漫画家協会参与に。