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【黒田尚嗣 世界遺産旅行講座】現在まで続くサウード王家、栄華の起源 サウジアラビア・ディルイーヤ (1/2ページ)

★サウジアラビア・ディルイーヤ

 先日、世界屈指の産油国であるサウジアラビアのサルマン国王が、46年ぶりに来日、事前に持ち込まれていた専用の電動タラップで羽田空港に降り立たれました。今回の国王訪日には、王族や政府関係者など約1000人が随行していたといわれます。今回はサウジアラビアを取り上げます。

 サウジアラビアはメッカ、メディナというイスラム2大聖地をかかえたイスラム教発祥の国で、絶対君主制を敷くサウード家が厳格なイスラム戒律に基づいた統治を行い、現サルマン国王まで6代にわたって、初代のアブドゥル・アジズ(一般にはイブン・サウードで知られる)国王の息子たちがサウード家のアラビア王国として国王の座を継いできました。

 そのサウード王家が最初に都と定めたディルイーヤの遺跡をご紹介します。ディルイーヤはサウジアラビアの首都リャド郊外に位置し、1744年から1818年には第一次サウード王国の都が置かれ、ワッハーブ運動の拠点ともなった都市です。

 ワッハーブ運動とはイスラムの多数派であるスンナ派に対抗して、アブドゥル・ワッハーブが唱えた極端な禁欲主義的原始イスラム教への復古改革運動を指します。1740年代前半、ディルイーヤを支配していたサウード家のムハンマド・イブン・サウードは、このワッハーブに共鳴し、ワッハーブ派イスラム教の守護者として彼の宗教改革を推進、1744年、ディルイーヤを都とする第一次サウード王国(別名ワッハーブ王国)を樹立したのです。

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