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【竹内流 神社の神髄】縁結びの御利益として女性に人気「日枝神社」 秀吉の“猿=縁”にあやかろう (1/2ページ)

 日枝神社は、政治の中央、東京・永田町に鎮座する。イメージは長いエスカレーター。山王交差点に立つ巨大な鳥居をくぐってエスカレーターを選ぶか階段を選ぶかは、その人の信仰心に関わることであろう。

 狛犬(こまいぬ)の代わりに豊臣秀吉ゆかりの<猿>が社(やしろ)を守っている。秀吉の母が夢の中で御祭神から「子供を授かるよ」と言われたので日吉丸と名付けた。

 秀吉が出世したあと浮気をしたとき、正室の北政所(寧々)が不満を言ったところ、織田信長が直筆でなだめる手紙を書いた。「君は美人なのだからそんなに怒ることはない。あのハゲねずみは女好きなんだろう。戦場においてはそういうこともよくある」と。比叡山を焼き打ちにした魔王・信長のやさしい手紙が直筆で残っている。

 つまり、秀吉は猿に似ていたのではなく、実はネズミに似ていたのだ。なぜ猿といわれたかというと足が速かったからである。つまり、秀吉は忍者であった。秀吉は蜂須賀小六のところにいた頃「野武士」と言われている。この蜂須賀党は、南朝信濃宮宗良親王の流れを組むものだ。

 比叡山との関係は訓読みで読めば日枝<ひえ>である。しかし、日吉丸である秀吉は比叡山焼き打ちに参加してしまったのだ。出世というのはそういうことである。

 江戸三大祭といわれる、<神輿・深川、山車・神田、だだっ広い山王祭>は江戸の夏の風物詩である。将軍上覧のために、神輿や山車が江戸城内に入れるので天下祭とも言われる。

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