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【ドクター和のニッポン臨終図巻】壮絶な“がんの嵐”も…与謝野馨さんが証明した「治療で第一線」 (1/2ページ)

★(8)与謝野馨さん

 「がん患者は働かなくていい」。心ない国会議員の発言が問題となったのと同じ週、くしくもがんと闘い続けながら40年あまり国のために働いてきた政治家が亡くなっていたことが分かりました。元衆議院議員の与謝野馨さん。78歳でした。

 自民・民主両政権で閣僚を務めたことからわかるように、波瀾万丈の政治家人生でしたが、がんとの闘いにおいては、さらに壮絶で、嵐の連続だったようです。

 最初のがんが発覚したのは1977年、39歳のとき。衆院選で初当選をしてから10カ月後、濾胞性(ろほうせい)リンパ腫という血液のがんの一種でした。悪性度はそれほど高くありませんが、再発率が高く、完治は難しいがんで余命2年と言われたそうです。

 「選挙をやる人間は弱みを見せてはいけない。だから、がんが見つかったことは家族や秘書にも言わなかった。国立がんセンターでも偽名で診察を受けていたので、健康保険が利かなかった」と後日、話しています。

 10年後、腸間膜に転移をしましたが、抗がん剤治療と化学療法を続け、なんとか克服しました。しかし2000年に直腸がんが見つかり、手術。さらに翌年には前立腺がんが発覚しました。放射線治療を長年繰り返してきたために、通常の人よりも下腹部にダメージを受けていることから、前立腺の摘出手術はせずに、ホルモン療法を半年行い、その後放射線治療によって回復に至りました。

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