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【マンガ探偵局がゆく】あのトキワ荘が2020年に復活する!? 復元施設の建設計画も (1/2ページ)

★ミッション(17)伝説のマンガ家アパートはいま 

 今日から2月。昔から「ニッパチ」と言って、2月と8月は客の入りが悪いものとされている。1年で一番寒い月と一番暑い月だから客足も鈍るのだ。さて、マンガ探偵局の客足はどうなるだろうか?

 今回の依頼はマンガそのものではなく、マンガの聖地に関わる依頼だ。

 「マンガ家を目指す若者が集まって、ライバルとしてデビューを競ったトキワ荘というアパートがあったそうですが、今もあるのでしょうか。場所はどこなんでしょうか」(マンガ家を目指す子を持つ父、38歳より)

 

 トキワ荘は東京都豊島区南長崎(旧椎名町)にかつてあった木造2階建てのアパートのこと。建てられたのは1952年の暮れ。まもなく、手塚治虫が入居。その後、寺田ヒロオが入居し、54年に手塚が引っ越したあとの部屋には、藤子・F・不二雄と藤子不二雄(A)のコンビが移り住んだ。さらに、石ノ森章太郎、赤塚不二夫、よこたとくお、森安なおや、らが暮らすようになると、東京在住のつのだじろうたちも通いはじめて、マンガ家アパートの異名をとった。

 ただ、彼らは入居前から全員プロとしてデビューしていて、依頼人が言う「デビューを競った」というのは少し違う。出版社が地方から若いマンガ家を上京させるときに、ひとつのアパートにまとめて住まわせたほうがなにかと便利だったのだ。トキワ荘だけでなく、豊島区には上京したばかりのマンガ家が住んでいたゆかりの場所が多くあり、ほとんどが、出版社が世話をしたもの。住民の中には横山光輝の名もある。

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