記事詳細

【阿部亮のつぶやき世界一周】文化大革命とは何か? 中国の発展を30年遅らせた“大災厄”

 今回も、最近知り合いになった中国人の男性から聞いた話。

 毛沢東は「大躍進」の失敗(4000万人の餓死者と農・工業の大荒廃)の責任を取って1959年に国家主席を退いた。新体制は国家主席に劉少奇、総書記にはトウ小平の体制で、市場経済を部分的に導入する形で、国家の再建に取り組み始めたが、権力喪失に危機感を強めた毛は、この政策を「共産主義を資本主義的に修正するものだ!」と批判。「革命成功のために修正主義者・反動勢力を打倒せよ!」との主張を展開して、自分の理想を信じた学生らによって組織された「紅衛兵」を扇動することで、敵対する党内勢力の追い落としを図った。

 毛は共産主義の実現のためには、常に反動勢力を見つけ出して闘う「継続革命」が必須で、国民にも積極参加を求めた。これが66年に始まった「無産階級(プロレタリア)文化大革命」だ。

 党の幹部や官僚や資産家、教師や文化人や有識者に反動勢力を見つけ出し、つるし上げの後に労働改造所に送って思想再教育。劉少奇はつるし上げの後、非業の死を遂げ、トウ小平は労働改造所に追放された。

 こうして毛は党内の政敵を一掃した上で完全に復権した。ただ、国民を巻き込んだ結果、紅衛兵が暴走・過激化して、罪のでっち上げが横行。内部の権力闘争も起こり、毛にも制御不能状態になった。

 結局、文革は毛が死ぬまで10年間続き、死者・自殺者が2000万人、被害者1億人とも言われる大災厄になった。文革は教育・道徳・文化・価値観などの破壊がより深刻で、中国の発展を30年は遅らせたという。

 ■阿部亮 北海道札幌西高等学校卒業。19歳で陸路を世界一周。ニッポン放送「阿部亮のNGO世界一周!」のメインパーソナリティ。ミャンマー、ネパール、カンボジア、ブルキナファソ(西アフリカ)に12校の学校を建設している。

zakzakの最新情報をSNSで受け取ろう