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【阿部亮のつぶやき世界一周】あくまで喫煙を正当化し続けるか?「認知的不協和」完全解消を図るか?

 友人に25年以上もたばこを吸い続けている人がいて、たばこを吸わない、または既に禁煙した友人たちと数人で、ことあるごとに禁煙を勧めている。

 すると彼は「タバコを止めると太る。メタボは喫煙より体に悪い」「禁煙の精神的なストレスは、喫煙より悪影響を及ぼす」「祖父も父親もヘビースモーカーだったが、2人とも平均寿命以上生きたから、自分も大丈夫に違いない」などなど。次々と禁煙の不要さや、喫煙の正当性を並べ立ててくる。

 彼のその態度は明らかに「認知的な不協和」状態だ。

 自分自身や自分を取り巻く環境に対する意見・信念・行動などを「認知」と呼び、複数の認知要素間に矛盾や葛藤がある状態を心理学では「認知的不協和」と呼ぶ。

 人はこの状態にストレスを感じてしまうので、矛盾を解消しようと画策する。喫煙者の場合、最も明確な矛盾の解消方法はたばこをやめること。だが、それが困難なために、もう一方の認知要素である喫煙の害悪の内容を変えたり、別な要素を加えたりして、矛盾の軽減と自己の正当化を必死に図っているのだ。

 本コラムの読者の皆さんの中にも、喫煙中で、彼と同じように認知的不協和を感じている方もたくさんいることと思う。だが2020年の東京五輪・パラリンピックに向けて、喫煙環境はますます悪化するだろうし、間もなく犯罪者扱いを受ける可能性まである。

 それでもあくまで喫煙を正当化し続けますか? それとも喫煙による不協和の完全解消(禁煙)を図りますか?

 実は私も禁煙の経験があるが、単に決断力の問題だった気がする。

 ■阿部亮 北海道札幌西高等学校卒業。19歳で陸路を世界一周。ニッポン放送「阿部亮のNGO世界一周!」のメインパーソナリティ。ミャンマー、ネパール、カンボジア、ブルキナファソ(西アフリカ)に12校の学校を建設している。

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