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【江口まゆみ 酔っぱライターのお酒見聞録】骨太な山廃仕込み、東北最古の造り酒屋「飛良泉」

★秋田県飛良泉(上)

 「飛良泉(ひらいづみ)」は、秋田の酒のなかで3本の指に入るほど好きな酒だ。山廃で仕込まれた骨太で辛口の酒質は、女性的と評される一般的な秋田の酒とは異なっている。

 10年前に初めて訪問した時は、山の中の蔵だと勝手に想像していたが、行ってみたら飛良泉本舗は意外にも日本海に面した漁港の近く、にかほ市にあった。海に近いので、仕込み水はミネラルをたっぷり含んだ硬水。この発酵力のある水が、酒母に乳酸菌を添加せず、自然のままにつくる山廃仕込みにぴったり合っているというのだ。

 もと廻船問屋で、地元の殿様にも金を貸したほどの大庄屋だった。創業520年、現在の斎藤雅人社長で26代目。東北では最古の、全国でも3番目に古い造り酒屋だ。

 日本酒がもっとも売れた1972年頃でも大量生産をせず、明治以来の山廃仕込みを手づくりで守り続けてきた。営業も宣伝もしなかったが、85年に日本名門酒会に入ったことがきっかけとなり、地酒ブームに乗って一躍全国区の銘柄になった。90年のピーク時で3900石もつくっていたという。

 重厚な蔵は1872(明治元)年に建てられたもの。中庭へまわると、樹齢500年の大欅がひときわ目を引く。この欅のおかげで、蔵の中は夏でも涼しい。天然のクーラーとして、冷房設備のない頃から蔵を守っていたという。

 庭にはまた、1912(大正元)年に建てられた神社があり、お稲荷様と弁天様、そして酒の神様である松尾様が祀られている。2年の歳月をかけて地元の大工に作らせた立派な社は、大店として栄えた斎藤家の歴史を物語っている。

 蔵の2階へ上がると、棟上げ式のときに守り神として梁の上に供えられた破魔矢があった。かなりすすけているが、神聖なものとして誰も手を触れずに平成の今日まで来た。これこそ、飛良泉の蔵付き酵母が採取された由緒ある破魔矢で、「純米大吟醸はま矢酵母」という酒になっている。

 こうした長い歴史と伝統を背負った蔵へ、今年4月、27代目となる若旦那が帰ってきた。今回の訪問の目的は、彼に会うことだった。 (金曜日掲載)

 ■江口まゆみ 酔っぱライター。世界中の知られざる地酒を飲み歩き、日本でも日本酒、焼酎、ビール、ワイン、ウイスキーのつくり手を訪ねる旅を続ける。近著は『ビジネスパーソンのための一目おかれる酒選び』(平凡社刊)。