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【ドクター和のニッポン臨終図巻】老衰で旅立った「人生延長戦の達人」 評論家・吉沢久子さん

★評論家・吉沢久子

 地域エコノミストの藻谷浩介さんは、人生を野球のゲームに例えてお話しされます。30代前半なら3回表、後半なら3回裏、まだゲームは始まったばかり。私は60代前半なので、野球ならば中盤戦。まだいくらでも、逆転ホームランを打てそう。しかし…と藻谷さんは、とある講演会で次のように続けられました。男性は概(おおむ)ね8回くらいでマウンドを降りるが、女性は結構、延長戦に突入します-。

 評論家の吉沢久子さんの訃報を知ったとき、なぜかこの藻谷さんのお話を思い出したのです。

 大正7年(1918年)生まれの吉沢さんが3月21日に都内の病院で亡くなりました。享年101。昨年の夏頃より体調をくずし、都内の病院に入院されていました。死因は心不全ですが、老衰死であったことと想像します。

 この連載でも何度か、病院で亡くなった場合、死亡診断書には「老衰」とは書きにくいというお話をしてきました。私が病院勤務医だった30年以上前は、上司から「絶対に老衰と書いてはダメだ」と教わったものです。老衰と書くと、「医者が何も仕事していない」感じがするのかもしれません。エビデンスがないという医師もいます。なぜ老衰にエビデンスが必要なのか私にはさっぱりわかりませんが…。しかし、その死亡診断書の書き方が近年変わってきました。昨今、病院医も在宅医も、90歳を超えた自然な死は、「老衰」と書いていいんじゃないかと考える人が増えてきたのです。

 私は90歳以上の患者さんの在宅看取りがあったときは、「老衰と書きますか? それとも肺炎と書きますか?」など、ご家族と相談しながら死亡診断書を書きます。老衰を希望するご家族が最近増えてきました。老衰とはすなわち、大往生の別名。長生きできておめでとう、と私は伝えます。

 厚労省が発表した平成29年(2017年)の日本人の死亡原因の順位を見ると、がん、心疾患、脳血管疾患に続いて老衰は第4位と急上昇中です。早晩、ベスト3に入るのかもしれません。

 さて、吉沢久子さんは100歳になってから10冊も本を出版されたそうです。それらのタイトルとは、『楽しく百歳、元気のコツ』『100歳の100の知恵』『100歳。今日も楽しい』『100歳の生きじたく』『100歳になっても!これからもっと幸せなひとり暮らし』『100歳のおいしい台所』『100歳のほんとうの幸福』…などなど。さぞかし本屋の店員さんは混乱したことでしょう(笑)。

 暮らしの達人と呼ばれていた吉沢さんですが、「人生延長戦の達人」でもあったのです。達人は今頃天国で、「あら、老衰と書いてくれたらよかったのに」と微笑んでいるかもしれませんね。

 ■長尾和宏(ながお・かずひろ) 医学博士。東京医大卒業後、大阪大第二内科入局。1995年、兵庫県尼崎市で長尾クリニックを開業。外来診療から在宅医療まで「人を診る」総合診療を目指す。近著「薬のやめどき」「痛くない死に方」はいずれもベストセラー。関西国際大学客員教授。

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