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【ドクター和のニッポン臨終図巻】ケーシー高峰さん、母に勘当されながらも貫いた「下ネタ医事漫談」 (1/2ページ)

 医療用白衣を「ケーシー」と呼ぶと知ったのは、医大に入学してしばらく経ってからでした。ケーシーと呼ぶたびに私の頭に過(よぎ)るのは、とぼけたメガネのあのお顔。名前の由来となったアメリカの人気ドラマ「ベン・ケーシー」なんて、知りもしませんでしたから。

 唯一無二のお色気医事漫談師。

 「おっぱいは揉んでから吸うのが正解。吸ってから揉むと喧嘩になる。これをスッタモンダという」

 「私は婦人科のインターンをやってUターンした。若いコのあそこはいいんだけど、年寄りのあそこは醤油で煮詰めたような色だった。これをキッコーマンという」

 …演芸場では女性客も大笑いしている。セクハラに厳しくなった現代においても、この人だけは治外法権でした。誰からも愛される下ネタがもう聞けないと思うと、残念でなりません。

 ケーシー高峰さんが4月8日、入院先の福島県いわき市の病院で亡くなりました。享年85。死因は、肺気腫との発表です。最後の仕事は、昨年の秋頃。酸素吸入器をつけながらも、そのお色気漫談は健在、命がけの下ネタでした。

 ケーシーさんの母方は山形県で代々続く産婦人科。ご兄弟をはじめ、一族の多くも医療者だそう。ケーシーさんも日大医学部に入学しましたが、途中でモダンジャズなどにはまり、芸術学部に転部したそうです。ケーシーさんの生き方を羨(うらや)ましいと思う人は多くいるでしょう。私も羨ましい。

 本当は別の夢があったのに、親に言われるままに医師になった人は多くいます。「実は映画を撮りたかった」「格闘家を目指していてね」なんて、医者仲間で飲みながら叶わなかった夢を話します。

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