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【パリッコの「酒飲み12カ月」】芝生の上で乾杯したら始まった連載

 4月の中頃、久しぶりに音楽家・批評家の大谷能生さんから飲みの誘いのメールをいただいた。

 現在の僕は、主に酒や酒場に関する原稿を書いて生計を立てており、そんな職業の人は他にあんまりいないので、とりあえず「酒場ライター」と名乗っている。昨年出版された著書「晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生」の中で「晩酌」をテーマに対談させてもらったのが、大谷さんとの出会い。

 大谷さんは音楽家であり、批評家であり、ときに役者やラッパーでもあり、その他諸々、とにかく幅広く活動されている。この「その他諸々」の底知れなさと、書かれる文章の切れ味の鋭さから、勝手にこわい人と想像していた。自分はぜんぜん肝が座っているほうではないので、普段ならこわそうな人にわざわざ会いに行ったりはしない。が、その時の担当編集者さんが大谷さんとお仕事をしたことがあり、「大丈夫」なんだと言う。そういうことなら、大谷さんが普段どんな生活を送り、どんな晩酌をされているのかとても興味があったので、取材を申し込ませてもらったのだった。

 実際にお会いした大谷さんは想像とは真逆のゆる~い雰囲気をまとった人で、ニコニコと地元の商店街を案内してくれ、「一杯だけ寄ってっていいですか?」とお気に入りの角打ちに案内してくれ、フランクにご自宅に招き入れてくれ、美味しい手料理とワインをたらふくごちそうしてくれ、あろうことか「そこのベッド、来客用だからもしよかったら泊まってってください」とまで言ってくれたので、僕は一気に好きになってしまった。とはいえ、その後連絡をとりあう機会もないまま約1年。恐縮なことに大谷さんのほうからメールをいただいてしまったのが、冒頭の話。

 大谷さんは編集者のYさんと古い友人で、ここ1年くらい、お互いに時間を合わせ、月一で飲んでいるのだという。自分も「また飲もうよ」なんて言って、そして本当にそういうつもりでいても、ついつい1、2年会わない友達がざらにいる。実際に大谷さんとだって、1年ぶりにこういう話をしているのだし。だけどそれじゃあ普通でつまらないので、月一で必ず飲もうと決めて、東京のあちこちの街に出かけていってはふたりで飲んでいるのだという。その感じ、嫌いじゃない。というかすごく好き。誰もが思いつくけれども実際にはやらないことを、なぜかきちんと実行してしまったりする人こそ、心から尊敬できる。そんなおふたりの、「たまにはゲストがいてもいいよね」という思いつきから僕にお声がかかったのだそうで、おそれおおいことはなはだしくも、めちゃくちゃ嬉しいお誘いだった。

 よく晴れた5月のある日、約束の当日。待ち合わせ場所の指定はJR新宿駅の西口改札前。ふたりとも僕より年上で、僕よりとてもきちんとした人物だから、どんな店へ行くのかが想像できない。しかも新宿の、飲み屋の多い東口ならまだしも、西口。高層ビル街。なんとなく、夜景の綺麗な個室懐石みたいな店に行くことが想像され、普段ならめったに財布に入っていることのない、2万円という大金を下ろして、それでも足りるのか不安に思いつつ、待ち合わせ場所へ向かった。

「新宿の目」にはフォトジェニックな女性が… 「新宿の目」にはフォトジェニックな女性が…

 3人が合流し、Yさんが言う。

「じゃあとりあえず、コンビニで酒買って、新宿中央公園で飲みましょうか」

 この時の安堵感といったら。場末の酒場ですらなかった。

 公園へ着き、Yさんが「確かあっちのほうに、自由に使えるテーブルと椅子が並んでるスペースがあったので行ってみましょう」と先導してくれる。たどり着くと、利用時間を過ぎていたようで、スペースはがっちりとロックされていた。それを見たYさんが「なんだよ~も~、せっかく来たのに~」と悔しがっている姿を、わははと笑いながら眺めていたら、想像上の個室懐石は空中に霧散していった。

 気を取り直し、3人で芝生に座って乾杯し、楽しくとりとめのない話。1年で一番快適な気候と、かわいらしい鳥の声。時々頬をなでる風もたまらなく気持ちいい。Yさんは、デパ地下で買ってきたというローストビーフと赤ワインまでふるまってくれて、もはや「これ以上の贅沢なんてあるだろうか?」という気持ちだ。

 一通り飲み終えて、僕が「ここの近くに良い角打ちがありますよ」と言うと、満場一致で「行ってみよう!」ということになった。新宿の路地裏にある「根本酒店」という店で、夕方から小さな駐車場が飲みスペースとして解放され、すでに赤ら顔のサラリーマンたちで満員状態。なんとか小さなテーブルをひとつ確保し、またまた乾杯する。

「根本酒店」にて 「根本酒店」にて

 つまみに、好物である「ぬれせんべい」の2枚入りのを買った。それを食べたことがないという大谷さんに1枚お分けすると、ものすごく納得がいかないという表情で「これって、保存状態か何か間違ってる? それともこういう食べ物で合ってるの?」と言っている。その顔を見て、僕はあらためて「この大人たちは全面的に信用できる!」という想いを噛み締めつつ、タカラの缶チューハイをゴクゴクと飲むのだった。

 そんな飲みの最中にYさんが、「パリッコさんにも、うちの媒体で何か書いてもらいたいな~」と言ってくれた。普段ならば「え、本当ですか? それは嬉しいな~。どんな企画だったら実現の方向に向けて動いていけますかね?」なんてまだるっこしい返事をするのだけれど、その時の僕は、シンプルに「やります!」と答えた。そう答えるのが一番自然だった。Yさんの言葉があらかじめ用意されていたものか、その場のノリだったのかは知る由もないけれど、実際に今、僕はこうして文章を書いている。

 カレル・チャペックの名著「園芸家12カ月」からタイトルを拝借し、根っからの酒好きである僕が、毎月毎月懲りもせず、あれやこれやをつまみに、あっちこっちで酒を飲む。そんな様子を記すだけの、日記のような連載になっていく気がしています。

■パリッコ 酒場ライター。著書に『酒場っ子』『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』、スズキナオ氏との共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』。「晩酌ほろ酔いクッキング」(漫画ゴラク)「今日は早退します!」(東京ウォーカー)他、連載も多数。TV東京「音流~ONRYU~ 酒場サーキット」出演中。