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【人とペットの赤い糸】「世界に1匹だけ」 日本で作りだされたニシキゴイの魅力 (1/2ページ)

 ニシキゴイは江戸時代の中~後期に、当時越後二十村郷と呼ばれた信濃川東岸の山間部に点在する集落(現在の新潟県長岡市、小千谷市、魚沼市の一部地域)で作り出されたといわれている。筆者の出身地もこれらの地域に近い所だが、この一帯は日本一の豪雪地帯であり、物資の流通も滞ってしまう。そこで当時の人々は、傾斜地に作った棚田でクロコイ(食用鯉)を養殖し、冬場の重要なタンパク源としていた。

 それらクロコイの中から、突然変異でたまたま赤や白の色のついたコイが出現した。新潟の人々はこういった変異種を交配することでより美しいコイを作り出すことに熱中した。ニシキゴイの品種改良は交通機関もない時代、人々の数少ない楽しみのひとつだった。

 戦後になって交通機関の発達や輸送法の確立により、ニシキゴイの養殖、販売、飼育は全国に広がった。現在では、品種も100近くになり、輸出されている。大手のカミハタ養魚グループでは、国内のみならず、世界50カ国以上に観賞魚用飼料を輸出している。

 特にこの10年で海外からの需要が大きく伸びており、現在では売り上げの8割が海外で占められるといわれるほど。世界中で「NISHIKIGOI」という名称が観賞用のコイを意味する言葉として用いられている。

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