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【パリッコの「酒飲み12カ月」】徹夜あけの銭湯と生ビール (1/2ページ)

 僕が今メインにしているライターの仕事は、毎日何時から何時まで決まった時間に働けばいい、というものではない。週や月単位で原稿の締め切りが点在し、また、その原稿を書くための取材にも出なければいけず、加えてイレギュラーな依頼がちらほらと舞い込んだりする。

 余裕のある時期になるべく前倒しで仕事を進め、締め切りが重なったときのために備えておく、なんて働きかたができるタイプではないので、必然的に毎日慌てている。「今日はなんだっけ?」「明日はなんだっけ?」と、日々がバタバタすぎてゆく。

 先日、自分のスケジュール管理不足が原因なのだが、さすがにこれは無理では……? という状況におちいった。時刻は夜の8時、明朝までに、そこそこボリュームのある記事を3つ書いてそれぞれの依頼主に送らなくてはいけない。前の晩にたっぷり睡眠をとったかというとそんなことはなく、むしろ若干寝不足気味。年齢的にも本当にきつい話だが、どうがんばっても徹夜になってしまうことはまぬがれなさそうだ。無理やり30分ほどの仮眠をとり、家の近所に借りている仕事場へと向かった。

 締め切りとは不思議なもので、「この時間を超えてしまったらもうどうにもならない!」というデッドラインだけは、なぜか超えないものだ。この日も、ヒィヒィいいながら3本の原稿をなんとか上げ、窓の外のとっくに明るくなってしまった空を見ながら送信完了。あと10分遅ければ、気の早い編集者ならば出社して、仕事にとりかかり始める頃だったろう。途中、「全部片付いたら意地でも一杯やるんだ」なんて誓っていた時間もあったが、もはやその余裕もない。肉体作業とはまた違う、脳の特定の部位のみを酷使しまくった末の疲労でフラフラになりながら家に戻り、ばたんとベッドに倒れこんだ。

 3時間ほど眠って起きると、ちょうど昼。眠りが深かったのか頭がだいぶすっきりしている。再び仕事場へ行き、残っていたメールの返信や事務作業などを約3時間かけてこなした。

 午後3時。さすがに気力が尽き果てた。今日はもういいだろう。昨日は酒も飲んでいないし、もう、飲んじゃおう。

 その前に、と、銭湯に向かう。念のためチェックすると、よく行く「友の湯」はあいにく定休日のようだ。しかしながら我が地元、石神井公園の駅前エリアは、いまだに2軒の銭湯が残っているのがりがたい。となると今日は「豊宏湯」か。

 豊宏湯は、南口の商店街「パークロード石神井」からすぐの場所にあり、地下水をくみ上げて薪で湯を沸かすというこだわりの銭湯。が、最大の特徴は「熱い」だ。地元の酒飲みたちと飲んでいて銭湯の話になると、「あそこは熱いよね~」「熱い熱い」「とにかく熱い!」と、温度の話にしかならないほど。

 豊宏湯に到着。立派な破風づくりで、男湯、女湯、どちらの脱衣場も見わたせる番台におばあちゃんの座る、ザ・昔ながらの銭湯。Tシャツ、短パン、パンツを秒速で脱ぎ捨てれば、究極の開放感に包まれた至福の時間の始まりだ。

 全身を入念に洗い、浴槽へと向かう。あれこれと変わり風呂があるわけではなく、横長の浴槽のわきに小さな水風呂がひとつのシンプルな構成。湯におそるおそる足をつける。ちくしょう、やっぱり熱い! 尋常じゃない。が、耐える。湯に足だけをひたしてつっ立った状態で、しばらくの間、ただただ我慢する。なんとか体が慣れてきた。そうしたらまたしてもゆっくりゆっくり、こんどは全身を湯に慣れさせてゆく。

 時間はかかったが、なんとか肩までつかることができた。こうなってしまえばこっちのものだ。高く高くアーチを描く水色の壁、その上に並ぶ窓、差し込む陽光。古い酒場はもちろん好きだが、銭湯こそがもっとも身近に、古い大衆文化の面影を感じられる場所だよなぁと、あらためて思う。水面はキラキラと輝き、その先にはまばらに老人たち。

 ガチガチに凝り固まった体が溶けるようにほぐれていく。今日ばかりはこの熱い湯の刺激が、むしろ自分のコンディションに合っていたのかもしれない。じゅうぶん温まったら水風呂へドボン。しばらくじっとその冷たさにと耐えていると、まったく温度を感じなくなる。そればかりか、重力すらも感じない。心と体がふわりと空中に浮かんでいるような、いわばゼログラビティ状態。水風呂はこれがたまらない。ただ、この状態にいたるためには、よけいな水流やバブルなどを発生させていない、水面のシンと張った水風呂でなければならず、石神井の銭湯は2軒ともそこをわかってくれているのがありがたい。

 お湯と水を3往復。今この瞬間だけは、肉体的な疲れも日々の悩みも何もかもがふっとんでしまって、究極のリフレッシュ感が全身を包む。あぁ、やっぱり銭湯は最高。