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【パリッコの「酒飲み12カ月」】朝からみんな飲んでいる、清瀬駅前の小さな中華屋

 西武池袋線沿線の清瀬という街が好きだ。駅前から続く長い商店街「南口ふれあいど~り」は「活気」と「閑散」のちょうど中間くらいの温度が心地よく、昔ながらの酒場が意外なほどに残っていてハシゴ酒が楽しい。

 その南口駅前に「蝦夷」というラーメン屋があることには、前から気づいていた。

 一見、「福しん」「餃子の王将」「ぎょうざの満州」などのような中華チェーンを思わせる佇まい。真っ赤な看板に堂々とした黄文字で描かれた「蝦夷」の文字。「蝦」と「夷」の間には、チャイナ服を着てラーメンを持つ少女の楽しげなイラストがあしらわれている。そんなポップな外観ながら、ぜんぜん聞いたことがない店名なこともあり、地元にあれば一度は足を運びたくなる店だったろう。が、清瀬には、飲める大衆食堂として有名な「みゆき食堂」に代表される渋い酒場がいくらでもあるので、ついつい興味がそちらに向いてしまい、これまで「入ってみよう」と思ったことはなかった。

 先日、この駅をよく利用するという飲み友達からこんな話を聞いた。「まだ入った事はないけれど、駅前の蝦夷という店、朝からみ~んな酒飲んでるよ」と。うかつだった。灯台下暗し。どうやら蝦夷は、中華チェーンに擬態した、地域密着型のディープ酒場でもあったらしい。となると、一刻も早く行ってみなければ!

 7月のある平日の午前10時、僕は清瀬駅に降り立った。無論、朝から蝦夷で飲むため。この街に来れば必ず吸い込まれる「ふれあいど~り」に今日は目もくれず、一直線に蝦夷を目指す。開けっぱなしになったガラス戸から中を覗き込むと、確かにL字型のカウンターで数人のおじさまがたが酒を飲んでいる。これは楽しくなってきたぞ……と、入店。

 驚いたのが、店内が意外に広い。L字型だと思っていたカウンターはコの字型に奥まで続いていて、マックスで30人くらいは入れそうだ。

 カウンターの隅に座り、メニューを眺める。酒類は「ビール(中)」「生ビール」「サワー」「酒」の4種類。大衆中華料理屋らしく、醤油、味噌、塩からカレー味まで、節操なく揃うラーメンがずらり。それから、「餃子」に「わんたん」に「肉野菜炒め」。チャーハンはないようだ。そんなラインナップ。愛想のいいお母さんと、同年代と思しき女性店員さんのふたりで店を回している。

 遠慮がちに呼び止め「まずは飲み物を……」と切り出すと、「ごめんね~、今、お酒は生ビールしかないけどいい? 他は全部切れちゃってるの」とのことで、生ビール(600円)を注文。ふと隣席を見ると、上機嫌なおじさんふたり組の前、ビールの空き瓶が7本も並んでいる。はは、そりゃ在庫も切れるわ。

 生ビール到着。ジョッキ全体が霜で覆われキンキンだ。ぐいっと煽ると、梅雨の蒸し暑さを吹き飛ばすような爽快感が、一気に全身に満ちる。窓の外には、まだ午前中の清瀬駅前の風景。現実感の薄い状況に頭がクラクラしてきて良い。

 レギュラーメニューの他に、「おつまみ」というボードもあり、「モツの煮込み」(400円)「焼豚」(450円)「メンマ」(350円)の3品が並んでいる。いきなりラーメンを頼めば胃袋が終わってしまうことは明白なので、ここから攻めることにしよう。どれも小皿料理の範囲内だろうと、全種類。

 すぐにメンマ到着。色と味のしっかりしたメンマで、酒欲にさらに火がつく。

 続いて焼豚。これがすごい。厚みじゅうぶんの巨大な豚肉が6枚、折り重なるように皿に盛られ、たっぷりの甘辛ダレとネギ。1枚かじってみると、きちんと噛みごたえがあるのにしっとりと柔らかく、素晴らしい焼豚だ。これ1皿でだいぶ長く楽しめそう。

 なんて思っていると煮込みも到着。これまたすごい。小洒落たカフェならばこれにロコモコ丼を盛って出してきてもおかしくないほどの深皿に、豚モツの煮込みがたっぷり。ネギもまたまたたっぷり。とろとろに煮込まれ、臭みなく、味噌と豚の脂その他の旨味が融合し、ポタージュのような濃厚さで、白メシにぶっかけたくなる味。うまい。けど、これぜんぶはどう考えても多すぎる。今日はラーメンはあきらめて、ゆっくりじっくり、この3皿を堪能して帰ることになりそうだな……。

 ここで頼もしき救世主が登場した。目の前のカウンターで飲んでいた、50代くらいに見える夫婦もしくはカップル。その男性のほうが、さっきふらりと店を出ていったのはなんとなく見ていたんだけど、なんと、宝焼酎「ピュアパック」25度1800mlを1本抱えて帰ってきたのだ。それを差し出され、「買ってきてくれたの? ありがとう」と店員さん。ビールを飲み干したタイミングで、「あの……サワーって?」と聞くと、予想通り「大丈夫ですよ!」とのお返事が。よく見ると勝手にウーロンハイを作って飲んでいるようだし、一体あの人、どういう関係の人なんだろうか……。ともあれ、ありがたい。

 レモンサワーを飲みながら、メンマをポリポリ、焼豚をパクパク、煮込みをもぐもぐやっていると、店員さんのひとりが自家製の漬物をサービスしてくれた。キュウリとカブを甘酸っぱく、ニンニクも効かせて漬けた韓国風だそう。アジア系の訛りもあることから、お母さんは韓国系の方なのかな? それじゃあなぜ店名、蝦夷……?

 レモンサワーをもう一度おかわりし、おつまみもすべて平らげた。完全に満腹。入れ替わり立ち代りやってくる常連らしきお客さんたちの食べているラーメン類の湯気が、午前中の陽光に照らされてやけにうまそうだった。次は食べてみよう。それにしても、来る人来る人、本当にすべからく、全員酒を飲んでいた。店員さんに聞けばこの店、なんと24時間営業で、どの時間帯も基本的に居酒屋みたいなもんだとのこと。そんなに大きいとはいえない清瀬の街に、一体どういうニーズで存在している店なんだろう……と、考えて、ふと思い至った。そうか、ここにいる人たち全員、未来の自分か。

■パリッコ 酒場ライター。著書に『酒場っ子』『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』、スズキナオ氏との共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』。「晩酌ほろ酔いクッキング」(漫画ゴラク)「今日は早退します!」(東京ウォーカー)他、連載も多数。TV東京「音流~ONRYU~ 酒場サーキット」出演中。

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