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【パリッコの「酒飲み12カ月」】「あんたもういくつになる?」「82だよ」 昼下がりの「砂町銀座商店街」にて…

 取材の仕事で東京都江東区、西大島駅近くにある、とある飲食店へ行くことになった。今までに一度も降りたことのない駅だ。僕はこういう機会にはなるべく少しでも早く現地へ着けるようにし、軽く一杯やれるようなその街ならではの飲み屋がないか、もしくはひとっ風呂あびられる昔ながらの銭湯がないか、なんとなく調べておいて、仕事前の景気付けをするようにしている。いや「仕事の前に何をやってるんだ」と思われるでしょうが、そのあとの仕事でもどうせ飲むんだし少しくらいいいじゃないですか。

 さて、店の場所を地図で確認すると、近くに「砂町銀座商店街」というのがある。その名前、聞いたことがあるぞ。となれば今日は、昼下がりの商店街飲みに決定だな。

 1時間ほど早く現場に到着。名前を聞いたことがあるとはいえ、つい先日も、同じく有名な「戸越銀座商店街」を訪れた時、なんとなく想像していたのとは違って、近代的で小洒落た店が立ち並ぶ街並みに若干拍子抜けしたことがあった(場末好きの特殊な性質ゆえであり、悪口ではありません)。砂町銀座はどんなところだ? 期待と不安の入り混じる中たどり着いたそこは、もうパーフェクトに僕好み、古びていながらも活気あふれる、理想的な商店街なのだった。

 西側の端から歩きはじめてみると、いかにも庶民的なそば屋から始まって、天ぷら屋、靴屋、服屋、和菓子屋、肉屋、魚屋……とにかく、生活に必要なものすべてが揃っていそうだ。そしてやたらと多い総菜屋。「さっきあったのにまた!」っていう感じで、店頭にコロッケやメンチカツなんかをずらり並べている店が途切れずに続く。なんだここは、天国か。

 全長約670メートルあるらしい商店街をいったん東端まで歩き、戻りつつ考える。正直、数がありすぎてどの店でつまみを調達していいのかわからない。けれども、この平日の昼間から、店先の簡易的なテーブルで客が酒を飲んでいる店があったのを見つけていた。素直にあそこだな。

 商店街中ほどの「みどりのおかず」という店の前、会議用の長机がふたつと椅子。日よけのパラソルも立っていて、その下で常連らしき先輩ふたりがすでにいい気分になっている。ひとりは60代くらい、もうひとりは80代くらいだろうか。便宜的に「おじさん」と「おじいさん」と呼ぶことにする。

 このおじさんのほうがかなり陽気な酔っぱらいで、僕が店員さんに「そこのテーブルで一杯飲んでいっていいですか?」と聞くと、「お、非常に正しい日本語だね~」と合いの手を入れてくる。店頭の写真を撮っていいか聞くと、ちょうど買い物をしていたおばあさんを指差し、「そこのばあさん脱がそうか?」と。おばあさんも「こんなばあさんの裸撮ったってしょうがないでしょが!」と笑っている。一方のおじいさんのほうはかなり寡黙で、おじさんの冗談に対し、たまにフフッと笑うくらい。登場人物の全員が、いい。

 さて、あらためて商品のラインナップを眺めてみると、かなり雑多にいろいろあるな。名物らしい「チキンカツ」は、大人の手のひらをふたつ並べたような巨大さで240円。コロッケはひとつ48円。他にも揚げ物系豊富。150円均一の一品料理のコーナーには、麻婆豆腐や青椒肉絲などの中華系惣菜が目立つが、「ハンバーグ目玉焼きつき」にもそそられる。手作り弁当はなんと300円均一。

 これは一度考えはじめると迷宮入りだぞと思い、最近自分の中でイカがブームなこともあり、「イカフライ」と「げそ天」というちょっと攻めた構成でいくことにした。また嬉しいことに、ここには生ビールやチューハイ系の酒メニューも用意されている。つまり、完全に飲んでいい店なのだ。というわけで、しっかりとグラスに注がれた「レモンサワー」も注文し、締めて合計442円。

 まずはソースをドボドボとかけたイカフライを一口。甘酸っぱさと衣の香ばしさ、そして、イカ独特のネチッとした食感。すかさずレモンサワーで洗い流す。すっかり秋めいてきた外気温も心地よく、最高の気分だ。油断すると口の中を怪我しそうなハードな衣のげそ天を慎重にかじり、よく噛んで味わうと、これまた酒が進んでしまい、チューハイを1杯おかわり。

 しばらくのんびりと過ごしていると、おじさんは「お兄さん、このじいさんのお守り頼むね」と言い残して帰っていってしまった。おじいさんは、ジャガイモの煮付けひとつとウーロンハイを、テーブルではなくベンチの自分の横に置き、ゆっくりゆっくりと飲んでいる。静かな時間が流れる。

 ふと、おじいさんの横に、ほとんど同じ年恰好の老人がやってきて、何を注文するでもなく座り、ふたりで自分や家族の健康についてボソボソと喋りはじめた。

「あんたもういくつになる?」

「82だよ」

「え?」

「はちじゅう、に!」

「あ~、じゃあオレのがふたつ多いな」

 82歳。そのくらいの年になっても、ああやってのんびりと、好きな店で酒を飲んでいる。僕は、「人生の目標、完全にこれだな」と思った。

■パリッコ 酒場ライター。著書に『酒場っ子』『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』、スズキナオ氏との共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』。「晩酌ほろ酔いクッキング」(漫画ゴラク)「今日は早退します!」(東京ウォーカー)他、連載も多数。TV東京「音流~ONRYU~ 酒場サーキット」出演中。

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