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【黒田尚嗣 世界遺産旅行講座】「白鷺城」の異名、優美な姫路城 多くの物語残す“和の象徴” 国宝の連立式天守石垣は古墳の石棺 (1/2ページ)

 シラサギが羽を広げたような優美な姿から別名白鷺城(はくろじょう・しらさぎじょう)とも呼ばれる姫路城は、建築技術の粋を極めた日本の名城として、1993年12月、法隆寺とともに日本で最初の世界文化遺産に指定されました。

 鮮やかな白の城壁や5層7階の大天守と東、西、乾の小天守が渡櫓(わたりやぐら)で連結された連立式天守が特徴ですが、この天守は江戸時代以前に建設された現存12天守のひとつで、国宝にも指定されています。

 しかし、姫路城は天守だけでなく石垣も見応えがあり、角には四角に整えられた大きな石が使われていますが、これは周辺にあった古墳の石棺(せっかん)です。

 世界遺産の姫路城は、幕末に新政府軍に包囲され、第二次世界大戦では焼夷弾が直撃するも、築城以来、一度も甚大な被害を被らなかったことから「不戦の城」とも呼ばれていますが、私はこの城を「和」の象徴と考えます。

 なぜなら、姫路城は黒田官兵衛から中国地方の攻略を任された羽柴秀吉に献じ譲られ、関ケ原の合戦後は功のあった池田輝政、大坂の陣の後は武功が認められた本多忠政、そして本多家以降は榊原家や酒井家、松平家といった徳川家譜代の大名が姫路城に入城して西国大名へにらみを効かせており、幕末まで城での攻防はなかったからです。

 また、姫路城は建造物としての魅力もさることながら、数々の物語もあり、毎年、8月9、10日に行われる「お夏清十郎供養まつり」の主人公お夏の物語、聡明(そうめい)で美しい姫といわれた徳川家康の孫娘の千姫物語や、城内の刑部神社にまつわる宮本武蔵の妖怪退治など、多くの物語の舞台となった魅力あふれる城です。

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