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【パリッコの「酒飲み12カ月」】晩秋の木々を眺めていると… 突然思い立った。「燻製だ」と

 最近、仕事の都合でちょくちょく飯能に行っている。石神井から西武新宿線を埼玉方面へ下ること約40分。車窓を流れる景色はどんどん牧歌的になってゆき、やがて山々の稜線が近づいてくる。秋から冬に移り変わる最中の、どこか寂しげな、赤、黄、茶色の木々をぼーっと眺めていたら、突然思い立った。「燻製だ」と。

 理由はないが、燻製は今の季節にこそ似合う気がする。しかもそれを、自分で作ってみたくなった。自作の燻製をつまみに、スモーキーなウイスキーが飲みたい。どうしても。

 さっそく移動中の車内で「燻製機」についてスマホで調べる。小ぶりなものなら3000円台くらいからあって、今にも購入ボタンを押してしまいそうになるが、待てよ、そういえば前に、百均で揃えたグッズで自作の燻製機を作ってみた。なんてネット記事をどこかで読んだ気がする。それならばもっと話が早い。検索してみると、どうやらステンレス製のボウルふたつと、焼き網1枚。これだけで燻製機は作れるんだそうだ。どんだけ手軽?

 唯一のネックは「燻製チップ」。乾いた木を細かく砕いたもので、これを燻した煙で食材を燻煙することにより、燻製は完成する。飯能での取材仕事を終えて帰り際、駅ビルにアウトドアショップが入っていたことを思い出して寄ってみるも、取り扱いがないようだ。“側”は今すぐにでも揃うのに。生殺し状態。そこでなんとなく同じ駅ビル内にある飯能の特産品などを扱うショップに寄ってみると、網状の袋に入っていて風呂に沈める用の檜のチップというのが売っていた。最悪これでいけないか? と、一応購入。帰りの電車内でさらに検索してみると、檜のチップはクセが強くて上級者向けらしい。が、百均の「Seria」に、燻製チップを売っていることがあるらしい。Seriaなら石神井の隣の大泉学園にあるぞ。と、寄ってみると、「桜」と「ミックス」の燻製チップが本当に売っていた! 灯台下暗し。そこで必要な道具をすべて買い揃えた結果、なんと400円で燻製機が完成してしまうということになった。あとは本当にうまくいくのかどうかだけど……。

 翌朝、子供を保育園へ送り届けたら、いてもたってもいられず、さっそく自宅ベランダにて燻製作りを開始。持っていた小型バーナーの上にステンレス製のボウル。その中にアルミホイルを敷き、何にでもよく合うので初心者向きだという、ミックスの燻製チップ適量を乗せる。その上に食材を並べた焼き網を置き、上からもうひとつのボウルを蓋代わりにかぶせて火をつければ、原理的には燻製ができるそうだ。食材は、2大好物チーズである「ベビーチーズ」のアーモンド入りと、「さけるチーズ」。味玉。ミックスナッツを選んだ。ではでは、燻製作り開始!

 バーナーの火は、まずは強火。すると1分もしないうちに、ボウルとボウルの隙間から白い煙が出てくる。焚き火とかバーベキュー場系の、あのたまらない匂いがする。そうしたら弱火にして7分火にかけ続けるそうなんだけど、弱火にしたところで煙が止まるわけではない。マンションのベランダで7分間これは問題だ。慌てて火を止める。するとやがて煙は収まり、自作燻製機は沈黙した。

 これはどういう結果なんだ……。失敗ということなのか? しかしながら、一度は煙が出たことも、燻煙の香りも確認した。きっとボウルの中は、まだその煙で満たされているに違いない。しばらくほっといてみることにする。風味は弱いながらも、やんわりとした燻製にならなるかもしれないし。そして30分後。すっかり冷たくなった上のボウルを外してみた僕の目には、驚くべき光景が飛びこんできたのだった。

 超~できてる! あんなに色白だったチーズやナッツや味玉たちが、まるで1ヶ月ほど南国でバカンスでも過ごしてきたかのように、健康的な茶褐色に染まっている。それぞれの食材から漂う、燻製独特の香ばしい香りがたまらない。試しにナッツをひとつまみ……うまい! うますぎる! 市販の「燻製風」商品の比ではない、本物の風味。しかもかなり強烈な。これ、完全に成功じゃないか。

 燻製はできたてよりも少し置いてからのほうが味がなじむそうなので。バクバクとぜんぶ食べつくしてしまいたい欲求をなんとか抑え、仕事をする。そして夕方、再びベランダにて、念願の燻製飲みタイムを始めよう。

 まずはナッツをひとつまみ。あらためてうまい。香りはもちろん、ナッツ自体の甘さとか風味も強調されているようで、百均で買ってきたミックスナッツが10倍くらい高級なものに感じる。ウイスキーは、手頃な値段なのにスモーキーでうまい「ティーチャーズ」のお湯割りを合わせてみた。燻製ナッツの強烈な煙たさがまだ口に残るうちに、お湯割りをぐびり。お湯で割ることによって甘みが引き立ち、かつスモーキーさもきちんと感じられるティーチャーズと、燻製の余韻のマリアージュ。はっきりいって、やばい。至福すぎる。

 続いてベビーチーズ。これまたありがたみが10倍になっている。燻すことによって外側がギュッと引き締まった結果、食感にアクセントが生まれているし、コクも深くなっているように感じる。底面についた網目がまたそそる。

 さけるチーズは、もともとがギュッと詰まった食感なので、ちょっと固すぎに感じるかなぁ。あと、裂きながら食べ進めていくと必然的にスモークされていない部分だけの箇所に行きあたり、あまり燻製向きのチーズではないかもしれない。けど、もちろんうまいことはうまい。

 味玉。これはもう、王者の風格。もぐもぐとゆっくり味わって、ウイスキーのお湯割りを飲んだら、そのまま永遠の眠りにでもついてしまいかねない幸福感でした。

■パリッコ 酒場ライター。著書に『酒場っ子』『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』、スズキナオ氏との共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』。「晩酌ほろ酔いクッキング」(漫画ゴラク)「今日は早退します!」(東京ウォーカー)他、連載も多数。TV東京「音流~ONRYU~ 酒場サーキット」出演中。

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