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【パリッコの「酒飲み12カ月」】関西出張の翌日…心ゆくまで堪能、午前中だけの大阪ハシゴ酒

 早朝6時。スマートフォンのアラームで目を覚ますと、自分が見慣れぬ四角い空間にいることに気づく。しばらく考え、やっと理解が追いついてきた。そうだ、今は関西出張中なのだった。今回僕のとった宿は、新大阪からも近い「南方」なる駅から徒歩数分の、全室個室のゲストハウス。古い民家に隣接するように建てられたプレハブ小屋が自分の部屋で、なんと一泊2500円。真っ白な内装にテレビがひとつと布団が敷いてあるだけだが、部屋はピカピカだし布団はふかふか。これ以上ないくらい快適な睡眠を得ることができ、感謝とともにチェックアウトした。

 前夜、「ロフトプラスワンウエスト」というトークライブハウスでのイベントにゲスト出演させてもらった。この日は、イベントでも共演し、地元が大阪のスズキナオさんと、早めに起きて落ち合って朝から飲んでやりましょう、ということになっていた。タイムリミットは昼すぎくらい。そこでナオさんに連絡すると、なんと昨夜は電車を乗り過ごして遠方の駅で気がつき、ひたすら歩いて今家に着いたところだという。そういうときの辛さは知っている。どうぞ気にせず寝てください、と伝え。僕はふらふらと大阪の街を歩き出した。

 宿にもシャワーはあったようだが、前夜のチェックインが遅かったため使っていない。何はともあれ風呂に入りたい。そこでスマホで検索すると、15分くらいで歩けそうな距離に「天然温泉 ひなたの湯」というスーパー銭湯があり、営業中のようだ。迷わず向かう。

 自分とは縁もゆかりもない土地をのんびり歩く冬の朝。キーンと冷えた空気と、旅先特有の高揚感が相まって気分がいい。到着したひなたの湯は、でっかいマンションの9階にあるかなり立派な施設だった。

 きれいさっぱり体を洗い、無色透明の温泉に浸かる。露天の壺湯が永遠に入って入られそうなぬるさでとろけそう。しばらくぼーっとしてからサウナへ。何を隠そう、最近サウナ好きの友人に指南してもらい「ととのう」という感覚を体験済みなのだ。ちょうど時間もあるし、がっつりサウナと向き合ってみることにする。

 貸切状態のサウナへまずは5分入り、じんわりと出てきた汗をシャワーで流して水風呂へ。ここからがひなたの湯のすごいところで、ビルの9階の露天スペースで外気浴ができるのだ。眼下には大阪の街。見上げれば雲ひとつない青空。そんな状況の中、デッキチェアーに寝そべりしばし放心。サウナの時間を8分、10分と増やしていってこれを繰りかえすと、まるで自分が地球の一部となり、“個”がなくなってしまったかのような、ととのいの時間がやってきた。

 完全なるリフレッシュ感をまとって浴室を出、マッサージチェアを12分。準備万端整ったところで、いよいよ朝酒。休憩所に行くと、よし、食事処も稼働中だ。メニューがまた至れり尽くせりで、各種定食などのご飯ものの他、110円、210円、310円と100円刻みで設定されたおつまみメニューが豊富にある。僕の大好物の肉豆腐は210円だ。それと生ビールを注文。完成を待つ間、さてどこで飲むかとフロアを眺めると、ベランダ的なスペースに足湯がある。足湯にあまり魅力を感じたことはないんだけど、あそこで大阪の街を眺めながらビールを飲むのは最高そうだ。店員さんに聞いてみたところ「ぜんぜん問題ないですよ!」とのことで、1時間ほど前には想像もしていなかった、まばゆい朝日を浴びながらの「風呂あがりの早朝足湯肉豆腐ビール」という、もはや冗談としか思えない状況が訪れたのだった。しかも、本日の湯は「祝い酒の湯」。何がめでたいのかはさておき、できすぎだ。

 ひなたの湯を出ると、そろそろ9時が近い。となると、大阪のホームグラウンド、天満の「但馬屋」で、キムチ天をつまみにビールがやれる頃合いだ。地図を見ると、十三まで歩けば、阪急線で梅田まですぐ。そこからなら天満は、なんなら歩けないこともない。そこで十三へ向かうも、これがまずかった。

 2014年に火事があり、味わい深い景色の大半が失われてしまったことでも知られる「ションベン横丁」のあたりを歩いていると、「平八」という店がすでに営業中で、吸いこまれてしまったのだ。そしたらここがまぁ、いいのなんのって。

 カウンターにずらりと並ぶ惣菜の中から、「鳥手羽入りの煮物」、「揚げ出しナス」と、ビールの大瓶(こっちでは“だいびん”と呼ぶ)を注文。大瓶は大阪らしい破格の430円。鶏の旨味を吸った小芋やコンニャクを口へ運んでは、グラスビールで流す。ナスもこってり濃厚味で最高に酒に合う。

「お兄ちゃん、半袖で寒ないの?」(風呂上がりでまだ体が火照っていた)

「旅行? どこ泊まらはったん?」

 と、ポツリポツリ、10分に一度くらい喋りかけてくれる隣の常連さんは、ほぼ毎日この時間にこの店で飲んでいるそうだ。決してしつこく絡んできたりしない、大阪の酒飲みらしい粋さがかっこいい。

 そうこうしていると、いくらでも寝ていてほしかったナオさんが、「遅くなりました」とやってきてくれた。顔を見ると、かつてないくらいヘロヘロの寝ぼけまなこで、申し訳なさも極まったが、「どうしてもあの空気を味わってほしい」と次に連れていってくれた角打ち「イマナカ酒店」の圧巻のディープさも、火事の前に訪れることができなかったのが酒飲みとしての心残りだった「十三屋」の活気も心ゆくまで堪能し、とても午前中だけだったとは思えない大阪ハシゴ酒を終えて、僕は新幹線に乗りこんだのだった。

■パリッコ 酒場ライター。著書に『酒場っ子』『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』、スズキナオ氏との共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』。「晩酌ほろ酔いクッキング」(漫画ゴラク)「今日は早退します!」(東京ウォーカー)他、連載も多数。TV東京「音流~ONRYU~ 酒場サーキット」出演中。

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