記事詳細

【黒田尚嗣 世界遺産旅行講座】ハプスブルク帝国の「音楽の都」 破壊と創造の街「ウィーン歴史地区」 (1/2ページ)

 新しい令和の時代を迎えて、世の中の変化が一層早く感じられるようになりました。しかし、世界の歴史は破壊と創造という「変化」の歴史であり、そもそも人類は環境の変化に適応してきたおかげで今日まで生き残っているのです。

 そこで今回は破壊と創造を繰り返して、変わることで美しい街となったハプスブルク帝国の都、ウィーン歴史地区をご紹介します。

 オーストリアの首都ウィーンは、古代ローマ時代からの歴史があり、その旧市街にはさまざまな時代に建てられた変化に富む建築様式の建造物群が現存しています。

 特にウィーンの街のシンボルで、市民から「シュテッフル」の愛称で親しまれている聖シュテファン大聖堂は、12世紀半ばにロマネスク様式の教会として建設されましたが、13世紀から14世紀にかけてはハプスブルク家のルドルフ4世の命により、主要部分がゴシック様式に建て替えられた建造物です。

 この街はこの建築公と称されたルドルフ4世の時代からハプスブルク家とともに発展を遂げ、17世紀末にはオスマン帝国に包囲を受けるもこれを撃退し、王宮ホーフブルク宮殿に加え、離宮シェーンブルン宮殿が郊外に造営され、これが18世紀末から現在に至る「音楽の都ウィーン」の礎となったのです。

関連ニュース