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【江口まゆみ 酔っぱライターのお酒見聞録】甘くない王道の大吟醸 静岡県「正雪」

 蔵元が静岡県酒造組合会長を務め、昭和50年代に確立した静岡吟醸を、今も忠実につくり続ける神沢川酒造場(静岡市清水区)。地元由比の兵法家・由井正雪にちなみ、酒名を正雪という。

 静岡吟醸は、静岡県工業技術センターの故・河村伝兵衛先生が開発した静岡酵母を使い、伝兵衛先生独自の酒づくり理論に基づいている。100年前に建てられた蔵で、仕込みを見せてもらった。

 米は伝統的な和釜の直火炊き。蒸し米を冷却する放冷機には、送風の温度を調節する装置がついている。自然任せの外気では温度が安定しないので、酒母米、麹米、掛け米ごとに、温度調節しているのだ。じつに細かい。

 放冷機を通した米は、大きなバケツに入れ、蔵人が走って持っていく。酒母米はエアシューターを使わないので、75キロの米を人力で運ぶのだ。酒づくりは体力勝負でもある。

 麹は箱麹。底が網になっている中箱を使うのが、静岡方式だ。カラカラに乾燥させた麹室で、通常2日で終わる麹づくりを、3日間かけて行うのも河村伝兵衛流である。

 仕込みは、精米歩合50%以下のもろみのすべてを、サーマルタンクで行う。タンクごとに、微妙な温度調節ができるからだ。搾りはもろみの量が多いものを除き、ヤブタではなく、伝統的な槽(フネ)を使う。できた酒を、タンクで常温貯蔵するなどもってのほか。瓶囲いをして、冷蔵庫で貯蔵する。

 こうしてつくった正雪の純米大吟醸プレミアムは、世界的な評価基準のパーカーポイント92点を獲得したという。今どきの、香りが強く甘い大吟醸とは違う。若干の渋みを感じるような、甘くない王道の大吟醸だ。

 「でも、昔のつくりの再現だと、酒が硬すぎて今の人に受け入れられないのです」と望月正隆社長は言う。だから今は米を溶かす方向で、まろやかさを加えている。もろみ日数は昔の45日から30日へ、もろみ温度も昔ほどは低くしないなど、工夫を重ねているのだ。それでも今風の酒とは一線を画し、静岡らしい食中酒でありたいという正雪。静岡吟醸は、時とともに進化を続けている。

 ■江口まゆみ 酔っぱライター。世界中の知られざる地酒を飲み歩き、国内でも日本酒、焼酎、ビール、ワイン、ウイスキーのつくり手を訪ねる旅を続ける。大人気のラブコメ漫画『酒と恋には酔って然るべき』(秋田書店)の原案を担当。

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