記事詳細

【新書のきゅうしょ】「名もなき」民たちの行動に心動く 小松左京著「日本沈没」上・下巻(カッパ・ノベルズ、1973年) (1/2ページ)

 「新書のきゅうしょ」といいながら、今まで「カッパ・ブックス」を忘れていた。かつてどんな駅前小書店でも同シリーズ棚は一大勢力だった。そんな中の一冊が小松左京著「日本沈没」。

 1973年、新書書き下ろしで大ベストセラーとなり、上巻204万部、下巻181万部の計385万部を売った。同年中に映画化し、中学3年だった筆者は超満員の館内で他の客の背越しに立ち見で観た。地中を流れるマントル対流の変化が沈没を引き起こすとの解説図場面をうっすら思い出す。

 原作の新書表紙も見覚えがあり発売時に買ったはず。SFに興味の薄い筆者が手を伸ばしだのだからどれほど話題を呼んだか分かる。ただし細かい展開は記憶にない。作者が登場人物の口を借りて繰り出す「日本沈没」の背景となる地学や地球地理学の膨大な解説についていけなかったのだろう。途中で投げ出してしまった気がする。

 今回、改めて同書を手に入れた。読む前は、かつて民族学者の梅棹忠夫と共に未来学を提唱し、大阪万博のブレーンとしても働いた小松の経歴からある予断があった。危急の際、国をリードする政治家や官僚、学者達が如何に勇敢に国民の海外避難計画に尽くしたか、そしてそれと対照的に、名もない民ひとりひとりは、策もなく逃げ惑う存在としてのみ描かれているのではと思っていた。

 しかし例えば物語後半で登場する「名もなき」ひとりは初老の男。その妻は深刻な食料不足の中、店頭からなくなりかけた即席ラーメンの束を子供たちに買うべく尽力する。現金でなく宝石を求める店舗主人と交渉し、夫の誕生日プレセント指輪と引き換えに手に入れた。その話を聞いた男は、戦後、食糧に飢え、父と共に汽車に乗り山奥へ芋を買い出しに出かけた苦労がフラッシュバックする。「おれはもう五十だ……」とうなだれつつ「いいかげん疲れた。だが、おれは、まだがんばるぞ。おれはあの子供たちの父親だ、あの妻の夫だ」と自ら食料の買い出しに立ち上がる。

関連ニュース