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【パリッコの「酒飲み12カ月」】フリーランス生活1周年をふりかえる、春

 朝からよく晴れて、日差しがポカポカと暖かい。自宅マンションを出た瞬間、これ、上着いらなかったな、と思う。春らしいとかじゃなく、もはや完全に春だ。あまりにも心地よい空気の中を仕事場へ向かう道すがら、ふと気がついた。

「あ、会社を辞めて、もう丸1年か」と。

 長年勤めていた会社を退職したのが、2019年の2月末。そこから1年間、なんとかかんとか路頭にだけは迷うことなく、フリーランスとしてやってこられたということか。

 2019年3月1日。退社翌日。僕は、それまでと同じ電車に乗って、職場のあった池袋駅に向かっていた。こんな僕でも会社員時代は、勤務時間中には酒を飲まないようにしていた。当たり前か。ある日の昼休み、職場の近くに「キリンシティプラス」という店があり、リーズナブルなランチビュッフェにおいて、なんと白ワインが飲み放題であることに気がついた。ずっとそこで昼飲みをしたいと思いながらも素通りし、毎日立ち食いそば屋で昼ご飯を食べていた。フリーランスになった記念にわざわざその店へ行き、祝福の昼飲みをしたというわけだ。

 その日もよく晴れていた。店内のキラキラした感じ、白ワインの爽やかな味、そして、背中から羽が生えたかのように体がふわふわと軽かったあの感覚は、忘れようもない。会社員時代もそこまでストレスを感じているという自覚はなかったんだけど、やはり毎日同じ電車に乗って、決まった時間に会社に行くという行為自体が、自分にとっては気づかぬ負担になっていたことを実感した。

 あれから1年。僕の名乗っている「酒場ライター」なんて仕事は文字どおり酔狂の極みで、その経験をつづったとて誰かのためになどなるはずもない。そもそも僕の経験からくる、同じくフリーライターを志す方への有益なアドバイスなど、うーんうーんといくらしぼりだそうとしても、なんにも出てこない。が、もしかしたら誰かのひまつぶしくらいにはなるかもしれない。そんな気持ちで、フリーランス生活をあらためてふりかえってみようと思う。

 1年間フリーライターをやってきて今、最も実感していること。それは、「とにかくストレスがない」だ。

 僕の平日の過ごしかたには、いくつかの理想的パターンがあることがわかってきた。その1は、前夜に外に飲みに出ず、早めに寝床につくことができた翌日。

 僕は基本、朝も夜も早いので、早朝5時くらいに起きる。仕事のメールの返信や、可能なら原稿を1本書く。7時くらいからは家族の時間。子供の朝食作りを担当したり、保育園へ送っていったりする。ひと段落するのが9時半くらい。それから近所の仕事場に移動して、再び原稿。食事はてきとうな時間にとったりとらなかったり。ひたすら仕事をしていると、15時くらいに精神的限界がやってくる。自分でも「早!」と思うんだけど、よく考えるとすでに7時間くらいは働いているので、妥当ともいえる。そこで「や~めた!」と外へ出る。無論、地元石神井公園に2軒ある銭湯「友の湯」か「豊宏湯」へ行くためだ。オープン直後のガランとした銭湯でゆっくりと体をほぐしたら、上気した顔で商店街の酒屋「伊勢屋鈴木商店」へ行き、軒先で生ビール。もしくはコンビニへ向かい、缶チューハイを買って、公園のベンチで1缶飲んでしまったりする。まぁ自分の場合、こういう行動のすべてが原稿のネタになるわけだし、逆に仕事場にこもってばかりいると書くことがなくなってしまうので、仕事の一環であるともいえるんだけど、それにしてもこのゆったりした時間のなんとストレスフリーなことか。

 パターンその2。前夜、仕事もしくは飲み会でしこたま飲んで帰ってきた翌日。この場合は、とても5時には起きられない。が、7時にはやはり起きる。そこから10時まではその1に同じ。やっとひと段落したところで、まだまだ全身だるいし眠すぎる。そこで、再び布団に倒れこみ、小一時間寝てしまう。会社員時代はこれができなかった。重い体を無理やり引きずって出社し、デスクの前に座っても頭が働くはずもなく、最低半日はポンコツ状態。効率の悪いことこの上ない。が、ほんの小一時間の「追加寝」の効果はてきめんで、再び起きたときにはけっこう頭がすっきりしている。そこから仕事を始め、さすがに15時に終わらせることもできないので、夕方まではがんばる。

 妻も週に何日かの勤めに出ているので、上のどちらのパターンも、17時すぎくらいに、必要があれば子供を保育園まで迎えにいく。そして18時くらいには、一家揃って夕飯を食べつつ、自分は晩酌をしている。のんきなことだよなぁと思うけど、会社員時代と比べ、行動範囲が家の近所で完結しているぶん、時間的な無駄が減っているのもあると思う。まぁ、上のような理想的なスケジュールで過ごせる日はむしろ稀で、飲んで深夜に帰ってきて、朝5時に目覚ましをかけ、ひぃひぃ言いながら原稿を書いている、なんてことも、ぜんぜん珍しくはないんだけど。

 ちなみにパターンその3に、「外に飲みに出る日」というのがあって、仕事がら、かなり多い。朝とか昼から外で飲んでることも、ぜ~んぜん珍しくなく、これを容認してくれている家族には心底頭が上がらない。

 そしてありがたいことに現状、楽しくない仕事というものが、一切ない。だって例えば、東京に雪が降った翌日、飲み友達のライター、スズキナオさんと、「雪見酒したいっすね」なんて思いつきで言いあって、あてずっぽうに秩父方面へ行ってみる。下調べもせず、行き当たりばったりに散策して酒を飲めば、それが取材になってしまう。それを後日、記事にまとめる。そりゃあ原稿を書く作業はどれもとてつもなくめんどくさくて、時間もかかる。けれども編集さんに送ると、すっごく褒めてくれる。今つきあいのあるどの編集さんも、原稿を送ればみんな褒めてくれる。大好きな人たちばっかり。多分に甘やかされた状況だとは思うけど、嫌いな人がひとりもいないから、やっぱり仕事は楽しい。そればかりか、記事を読んだ人が「おもしろかったです!」なんて感想をくれることさえある。会社員時代、仕事をして誰かに褒められたなんてことが何度あっただろうか。ありがたい×100ではとても足りない状況だ。

 と、ここまでいいことばっかり書いてきたけど、フリーランス生活にはもちろんマイナス要素もある。それは、「お金の不安が一生消えそうもない」ことだ。

 自分としては、かなり仕事をがんばっているつもりではいるし、贅沢なんて一切していない。それでも、必死になって稼いだ収入が、家賃光熱費年金税金その他諸々、容赦なく持っていかれてしまう。それはもう、身を切られるような苦しみだ。ぜ~んぜん手もとに残らない。実際この1年の間に、「今月マジでやばいんじゃ……」というタイミングもいくつかあった。さすがにどうなのよ、日本の現代社会。とは、ほぼ毎日思っている。

 今やらせてもらっている仕事が来月から急になくなるかもしれないし、実際そんなことはざらにある。突然怪我や病気になったらどうすればいいのか。自分は本当に我が子を一人前に成人させてやれるのか。来年の年収どころか、来月の月収すら読めないのがフリーランス。この不安は、一生消えることがないだろう。

 それでも、「このままこの場所にいて、自分は将来どうなるんだろう」という、会社員時代の漠然とした不安や、知らず知らずのうちに抱えこんでいたストレスから解放された今の生活は、はっきりいってクセになる。可能な限り、この生活を維持していけるよう、できるかぎりのことをやるしかない。

 おっと、そろそろ15時。今日はどっちの銭湯へ行こうかな……。

■パリッコ 酒場ライター。著書に『酒場っ子』『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』、スズキナオ氏との共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』。「晩酌ほろ酔いクッキング」(漫画ゴラク)「今日は早退します!」(東京ウォーカー)他、連載も多数。TV東京「音流~ONRYU~ 酒場サーキット」出演中。

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