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【マンガ探偵局がゆく】幻の女性マンガ家を探せ 手塚治虫に認められ55歳で亡くなった岡田史子 (1/2ページ)

 今回は幻の女性マンガ家に関する調査依頼を取り上げる。

 「こちらの探偵局は女性マンガ家の調査もしていただけるのでしょうか? わたしは『ポーの一族』や『トーマの心臓』の作者・萩尾望都さんの大ファンです。ある人から、萩尾さんに大きな影響を与えた岡田さんという女性マンガ家がいたと聞きました。初めて知った名前なのですが、どんな作品があるのでしょう。もしも手に入る本などあれば教えてください」(50歳・教員)

 マンガに関することならどんなことでも調査するのが当探偵局のモットーだ。依頼人が探している「岡田さん」は、1960年代後半~80年代を中心に活躍した岡田史子という女性マンガ家のことだろう。

 岡田史子は北海道旧静内郡(いまの日高郡)出身で、67年、高校2年生で描いた短編「太陽と骸骨のような少年」が月刊誌「COM」1月号に掲載されてデビュー。続いて発表した「ガラス玉」や「赤い蔓草」などの哲学的な内容や前衛的な表現手法が手塚治虫らから高く評価され、「COM」の有望な若手作家のひとりになった。

 76年に朝日ソノラマ・サンコミックスで出版された初短編集版「ガラス玉」の巻末に掲載された萩尾望都の解説によれば、萩尾が岡田の作品に触れたのは福岡県大牟田市に住んでいた高校3年の時。児童マンガを見慣れていた萩尾にとっては新鮮な体験だった。

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