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【パリッコの「酒飲み12カ月」】相変わらず地球は笑っちゃうほど美しく、ホッピーはうまい

 さすがに疲れた。未知のウィルスに無駄に怯えながら送る生活に。そして気がついた。そもそも、無駄に怯える必要なんてないんじゃないか? と。

 おそれない、甘く見る、用心しない、という話ではない。コロナとの共生、なんていうと格好良すぎるけれど、ウィルスの素人である僕らが今できる対策は、決して多くない。不要不急の外出をしない。人の密集する場所に行かない。こまめに手洗い、うがい、アルコール消毒をする。必要があって外に出かけるときは必ずマスクをし、絶対に手で顔を触らない。自分がウィルスに感染し、他人に対する媒介にならないよう、最大限の努力は怠らない。逆にいえば、僕らが努力できることは、基本的にはそういうことだけだ。ならばそれらを徹底し、無駄に怯えず、その時々で気持ちを切り替え、日常を楽しむべきなんじゃないだろうか。

 そもそも、世界がこんなふうになる前だって、少なくとも自分を取りまく世の中の状況は、先を思うと不安になることばかりだった。さらにいえば、病気、事故、災害などがいつ自分の身に降りかかってくるかだってわからなかった。今回の問題には、いつ収束するか先が見えないから、日々暮らしているだけでじりじりと不安やストレスが蓄積していくような感覚がある。

 実際、医療関連、インフラ関連、飲食店や商店の経営者や、その他自分なんかよりよっぽど大変な人がたくさんいる。少しでも多くの人たちの生活が、早くもとに戻るようにと祈りつつ、何かできることがあるか考え、できる限りの行動はしたいし、するべきだと思っている。ただ、自分の心が漠然とした不安に圧迫され、日常生活をどんどん楽しめなくなっていくことは避けたい。怯えていればいるほど状況が好転するというわけではないのだから。

 日中の気温が25℃を超えて夏日となった日曜日、日用品の買い出しのため、スーパーと薬局を回った。僕の住む東京ではまだ、健康維持のためのジョギング、ウォーキング、散歩などは禁止されてはいない。幸いなことに最近は、すべて延期となってしまった酒場取材の代わりに、家で楽しく飲むための企画などの仕事依頼も多く、食べたり飲んだりしないといけないものがやたらと多い。なので、体がものすごく重い。ついでに近所の石神井公園をぐるりと一周散歩した。

 人類の状況がどうであろうと、地球は笑っちゃうほど美しい。目に鮮やかな新緑、いろいとりどりの花々、競い合うように鳴く鳥たちのさえずり。昨年までと同じく、季節は確実に巡っている。

 公園にはそれなりに人出があった。もちろんみな一様にマスクをしている。すれ違うときはお互いを気遣って距離をとる。もはやそれが常識になっていることに感心する。広場には、簡単なピクニックをしている家族づれなどもいた。普段なら園内の良いスポットにはそういう人たちがぎっしりと並ぶが、数メートルずつ間隔を開け、ポツンポツンと場所をとっている。それでも不謹慎と思う人はいるしだろうし、実際僕にも正解はわからない。今は、どこまではOKで、どこを超えると完全にNGという明確な線引きは存在しないから、それぞれが自分の判断基準のなかで、少しでも生活を楽しんでいるということだろう。

 僕はとにかく、これから梅雨入り前までにかけての、初夏という季節が大好きだ。無駄に立ち止まらず、人との距離を保ちつつ、大好きな季節の空気を存分に堪能した。それだけのことでも、ずいぶん心が軽くなった気がする。

 酒場に行けない日々なので、家で飲む習慣のないホッピーをしばらく飲んでいないことに、この間気がついた。あんなに大好きだったホッピーのことを思い出さないでいるほど、気持ちに余裕がなかったわけだ。スーパーで買ってきて、家に帰ってベランダで開ける。つまみは、家飲みの企画で前日に作った、いろんな野菜の浅漬けの残り。ぽりぽりとつまみつつ、午後の陽光に照らされて黄金に輝くホッピーをごくりとやる。間違いなく最高な瞬間は、まだ日常の中に残っているじゃないか。引き続きできる限りの努力をしつつ、自宅でくらいはこうして、気をゆるめていこう。

■パリッコ 酒場ライター。著書に『酒場っ子』『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』、スズキナオ氏との共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』。「晩酌ほろ酔いクッキング」(漫画ゴラク)「今日は早退します!」(東京ウォーカー)他、連載も多数。TV東京「音流~ONRYU~ 酒場サーキット」出演中。