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白洲夫妻のこだわりの暮らしが垣間見える住まい かつて農村地帯だった「鶴川駅」を歩く (1/2ページ)

 実業家・白洲次郎さん(1902~85年)と妻で随筆家の正子さん(10~98年)が住んだことで知られる小田急線鶴川駅(東京都町田市)の周辺はかつて鶴川村と呼ばれ、農村地帯だった。白洲夫妻ゆかりの施設や奈良、平安時代の遺跡を訪ね、この地で連綿と続く人々の暮らしに思いはせた。

 鶴川駅から住宅街に沿って15分ほど歩き、「旧白洲邸 武相荘(ぶあいそう)」に着いた。白洲夫妻が43年から暮らし続けた家を活用し、2001年にオープンした記念館だ。元は養蚕農家の住まいで、江戸末期から明治初期に建てられた。原形に近い形で残されており、重厚なかやぶき屋根に圧倒される。

 第2次世界大戦敗戦後、当時の吉田茂首相の要請を受け、次郎さんは連合国軍総司令部(GHQ)との交渉役を担当。「従順ならざる唯一の日本人」といわれた。次郎さんが外務省担当者らに書き直しを命じたサンフランシスコ講和条約受諾演説の原稿の複製などが展示されている。

 いろりのある部屋では、「美の目利き」と呼ばれた正子さんが選んだ瀬戸焼の器や伊万里焼の皿などが並ぶ。こだわりの暮らしが垣間見えた。

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