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【Youtuberスーツの旅行記】コロナ徹底対策観光 真夜中の東京をサイクリング!隅田川沿いの時間旅行 前編

 4月7日、新型コロナウイルス感染拡大防止のための緊急事態宣言が出され、外出の自粛が求められることになりました。私もその2週間前からほとんど外出しない状態が続いていましたが、あまりに出かけないのも健康に悪そうだと思っていたところ、政府や東京都が人との距離を保った上での運動、散歩などは問題ないとの見解を示してくれました。

 ただ、それでも人の多い東京ではそう簡単に密を避けることができません。運動のための外出は問題ないと聞いた人たちが、健康維持のために公園へ出かけた結果、公園に人々が密集する様子がテレビで連日報道されました。

 私もいい加減、外出による気晴らしをしたいと思っておりましたので、深夜1時から早朝5時までの間、ドーナツ化現象によってほとんど無人地帯となる都心を、自転車で観光するということを始めました。早朝の東京はひんやりとしており、いつも人で埋まっている道もすいすい進めるなど、サイクリングそのものがいつもとまるで違う、大変新鮮な体験です。今回は5月14日と15日の2日に分けて、江戸の東を流れる隅田川沿いを走ったときの写真を紹介します。

 隅田川は東京都北区、赤羽の近くが起点の川ですが、今回は浅草からのスタートにしました。午前2時台、仲見世通りの全店舗がシャッターを下ろし、その中をだれ一人歩いていない様子は圧巻です。

浅草・仲見世通り 浅草・仲見世通り

 ここから一番近い橋は吾妻橋で、下流側に駒形橋、厩橋、蔵前橋と続きます。この辺りの橋の歴史は全部共通しており、いずれも1923年の関東大震災で落ちたり壊れたり、焼けたりしてしまったものを架け替えたものです。戦前に作られた鋼鉄製の橋は一つ一つ構造が違い、どれもが貴重な、現役の文化財となっています。

 昭和2年に建てられた駒形橋のたもとには、昔交番として建てられた「地域安全センター」がありました。これは警視庁管内でのみ見られる交番と似たような施設です。橋と一体的なデザインなので同時に造られたように見えるのですが、どうやら昭和33年に建てられたようです。元々は橋とほぼ同時に建てられたのですが、東京大空襲で焼けてしまったのを再建したとのことでした。インターネットで大空襲直後の隅田川周辺の画像を見てみると、一面の焼け野原の中にいま自分の立つ橋が写っていて、戦争はそれほど昔のものではなかったということに改めて気づかされます。

駒形橋 駒形橋 地域安全センター 地域安全センター

 一つ下の厩橋は、かつて路面電車の通っていた橋で、広大な道路の面積が往時を偲ばせます。路面電車は廃されましたが、大正~昭和初期に計画されたインフラは、首都の発展を見据えてかなり大規模に造られたようで、今の東京でも一級の活躍を見せているのです。深夜の橋の上にはほとんど車もおらず、80年ほど前の東京の景色がそのまま残されているように見えます。

厩橋 厩橋

 暫く南下し、蔵前橋・総武本線の隅田川橋梁を通過して、神田川とも合流。すぐのところに両国橋があります。その地点から浅草方面を振り返り、ちょうどこのとき始まった朝焼けを撮りました。まだ始発電車の来ていない総武線の橋梁、その先には蔵前橋が写っています。どれも昭和初頭に架けられ、今日も東京を支えています。この素晴らしい景色を、人が密集する東京都内で独り占めです。

夕焼け 夕焼け

 他人との接触をゼロにすることに拘った結果、今までに見ることの無かった静かな東京に触れ、時間を超える体験をすることができました。長くなりますので今回はここまでとしますが、隅田川が東京湾に注ぐまで、ひたすら下り続けようと思います。

(隅田川のほとり「隅田川テラス」へ自転車で乗り入れることは禁止されています。サイクリングは川沿いの許可された道で実施してください。)

※この記事は、以下の動画を元にして書かせて頂きました

 ■スーツ YouTuber、1997年生まれ。2017年に史上最長の鉄道乗車券「最長往復切符」の旅の動画投稿を機に本格的な活動を開始。2018年には初の海外旅行として、鉄道と船だけでヨーロッパへ行き、ついでに世界一周して帰国した。青春18きっぷを使った体力勝負の旅行から、ファーストクラス利用の超豪華旅行まで、様々な種類の動画を投稿している。最近は新型コロナウイルスの関係で、視聴者に近場の旅行を勧めている。地元東京23区内で、感染に注意しながらの旅行を継続中。

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