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【新書のきゅうしょ】京大型カードに夢中になった日々 梅棹忠夫著「知的生産の技術」(岩波新書、1969年) (1/2ページ)

 少年時代、秋田書店から出ていた「ぼくらの入門百科」という子供向けの趣味入門書シリーズを何冊も買った。1960年代に流行った切手収集を解説する「たのしい切手」は、使用済みの切手を封筒から綺麗にはがすのに洗面器に水を張り浮かすノウハウなどを教えてくれた。不器用で運動神経も鈍かったのに、「マンガのかきかた」や「野球に強くなる」も買いこんだ。読んだだけで、つけペンでマンガを描いたり、名選手になったごとき自由きままな気分を味わえたから。

 高校時代、民族学者梅棹忠夫の『知的生産の技術』を読んでハマったのも同じ理由。「知的」という用語に憧れた10代の頃、B6判の「京大型カード」に自らの観察や読書記録、発見まで全て1件1枚で書き連ねようと説く同書は、試しやすいノウハウに思えたのだろう。

 まだ東急ハンズもLOFTもなかった頃、日本橋の丸善で「京大型カード」を扱っていると聞き出かけた。100枚綴りのカードのみならず、持ち運ぶホルダーや、机上に置くカードボックスまで買い揃えた。カードをどれぐらい使ったか、何を書きこんだかも、覚えていないが、カードボックスだけは捨てられず、今も部屋の隅の段ボール箱に入ったままだ。

 梅棹は「知的生産」を「頭をはたらかせて、なにかあたらしいことがら-情報-をひとにわかるかたちで提出すること」と述べる。この場合の情報とは「知恵、思想、かんがえ、報道、叙述、そのほか、十分ひろく解釈しておいていい」と定義する。このふわっとした緩さが心地よかったのだろう。

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