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【BOOK】“最後の未知”と呼ぶ「死」と真正面から向き合った短編小説集 石原慎太郎さん『死者との対話』 (2/3ページ)

 --ただ、少年期の戦争体験やヨットーレースで感じた「死の影」と80歳以降のそれは違う

 「まぁそうですね。7年前に思いがけず脳梗塞をやって、自分で早く気付いたので重症にならずに済みましたが、1カ月入院しました。それ以来、肉体の凋落というか、昔みたいに身体が完全ではなくなった。かん桶に片足を突っ込むような体験をしたら、“最後の未来・未知”である『死』について考えざるを得ないでしょう」

 --「死」について理解できないまま死んでゆくのはイヤですか

 「そうじゃない、全然違いますよ、キミ(怒)。誰も経験したことねぇんだから、理解できるもんじゃない、想像するしかないんだ。誰もが死は迎えざるを得ない。私は死ぬまでは一生懸命生きたいと思っているだけですよ」

 --たくさんの友人、知人を見送られた。落語家の立川談志師のときは電話で最後の“会話”を

 「(談志はもう話せなくて)会話にならない会話だったけど、いい『最後の会話』だったと思います。私は談志を育てたひとりだと思っているし、談志も私のことを『兄さん、兄さん』と懐いてくれた。まぁ陰ではボロクソに言っていたようですが…。そういう仲でした。別れのときに私が『やい談志、そろそろくたばるんだってな。(もうしゃべれないけれど)今までしゃべり過ぎたんだからしょうがねぇや』って。あれは印象的でしたねぇ」

 --ご自身は家族や親しい人に見守られながら逝きたい

 「私の親しい友人の中には、寝ている間に死んでいった人がいる。ああいう死に方もいいのかもしれませんが、ちょっと怖いね。私はやっぱり、自分の親しい人間に看取られて、会話を交わしながら死にたい。だから、体調が悪いときに寝て目が覚めると『ああ死なずに済んだ』とホッとする。こんなことを思うのも人間が虚弱になったせいかな。肉体も精神も虚弱になったんですよ」

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