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喜多川歌麿ら著名人の墓も 26の寺が軒連ねる烏山寺町を歩く

 京王線千歳烏山駅(東京都世田谷区)から北に10分余り歩いた住宅街に、烏山寺町(からすやまてらまち)と呼ばれる地域がある。1923年の関東大震災の後、浅草、築地などの都心部から寺が移転してきたのが始まりで、現在は26の寺が軒を連ねている。

 南北に真っすぐ延びる寺町通りの両脇には、長い塀が続く。緑豊かな生け垣やうっそうとした境内と相まって、寺町らしさを醸し出している。宗派はさまざまで、それぞれ門前の雰囲気が違って楽しい。

 著名人の墓がある寺も多い。浅草から移った専光寺には、江戸時代に活躍し、1806年に死去した浮世絵師喜多川歌麿が眠っている。永隆寺には落語家の三遊亭円生(五代目と六代目)、高源院には「ペエスケ」で知られる漫画家、園山俊二の墓がある。

 歴史を感じさせる物も世田谷に移ってきた。称往院には、ユニークな「そば禁制」の石碑が立っている。浅草に寺があったころ、子院の「道光庵」の庵主が打つそばが評判となり、「そば切り寺」として知られるようになった。

 そば屋の店名に「庵」の文字が使われるのは、道光庵にあやかったとされるほど。本寺である称往院の住職が、修行の妨げになるとして石碑を建てたという。

 墨田区本所から移った妙寿寺には、関東大震災で猛火に包まれて破損した鐘が、ひっそりと置かれている。上部に大きな穴が開いており、被害の大きさを現在に伝えている。

 寺町の北端にある高源院の弁天池は、秋が深まるとカモが飛来することから「鴨池」と呼ばれている。中央の弁天堂から水面をのぞくと、カモならぬカメが優雅に泳いでいた。

 【メモ】寺町通り区民集会所で、世田谷区が作った散策マップを配布している。

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