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【ぶらり、ぶんがく。本と歩く】なぜここに?と言いたくなるロケーション 徳冨蘆花『不如帰』 (1/2ページ)

 ■神奈川県逗子市 不如帰の碑

 逗子海岸のはずれ、砂浜の尽きた先。海に面した崖から小さな滝が落ちていて、小さな不動堂がある。その前の海を防波堤越しに覗くと、ポツンと碑が立っている。「不如帰(ほととぎす)」と大書された石碑は、潮が満ちれば沖合に。遠くから眺めるしかないという、かなり異色の文学碑。

 訪ねたのがたまたま干潮の時間だったので、碑のそばまで歩くことができた。近くで見るとずいぶん摩耗していて、背面の文字はほとんど読めない。荒天にはザブザブ波をかぶるのだろう。なぜここに? と言いたくなるロケーションだ。

 小説家、徳冨蘆花(1868~1927)が明治の終わりに刊行してベストセラーとなった『不如帰』は、悲しいラブストーリー。逗子に一時期住んでいた蘆花が、知り合った婦人に聞いた話を題材にして書いたという。名セリフの舞台になったのが、石碑の立つこの場所。

 主人公は、海軍少尉の川島武男とその妻で肺病を患っている浪子。2人は青々と凪いだ逗子の海を眺めながら語り合う。浪子は涙目で吐露する。

 〈あああ、人間はなぜ死ぬのでしょう!生きたいわ!千年も万年も生きたいわ!死ぬなら二人で!〉。武男は、妻の髪をなでつつ〈ねェ浪さん、二人で長生きして、金婚式をしようじゃないか〉と励ますのだが、2人の結婚生活は早々に破綻する。航海で留守にしている夫が知らない間に、浪子は病気を理由に川島家から離縁されてしまうのだ。

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