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【ドクター和のニッポン臨終図巻】歌手・弘田三枝子 進駐軍キャンプで鍛えられた歌唱力…『私が死んだら』という曲も印象的 (1/2ページ)

 ♪V・A・C・A・T・I・O・N! 楽しいな!…私が子どもの頃、夏休みになるといつも、この曲が頭にリフレインしたものです。

 アメリカのコニー・フランシスの曲のカバーとして、『ヴァケーション』が日本で大ヒットしたのは、1962年のこと。2年後の東京オリンピックに向け、戦後日本の復興は目覚ましく好景気の波に乗っていた時代。「夏休み」というのは、お盆でお墓参りをするだけではなく、家族や恋人と何処かへバケーションするものだと、日本全国民の価値観を変えたヒット曲だと言っていいでしょう。

 この歌を唄ったとき、彼女はまだ15歳だったというから驚きです。その抜群の歌唱力とリズム感は、小学生の頃から進駐軍のキャンプで歌っていたことで鍛えられたものだとか。

 天才少女「ダイナマイト・ミコ」やがて「和声アメリカンポップスの女王」と呼ばれ、あのフランク・シナトラと同じ舞台にも立ったことがあったという歌手の弘田三枝子さんが、7月21日に千葉県内の病院でお亡くなりになりました。享年73。死因は心不全でした。

 所属事務所の発表によれば、弘田さんは亡くなる前日の20日に、御自宅で突然倒れたとのこと。ちょうど遊びに来ていた実姉が119番をし、緊急搬送されました。しかし、21日の夜に容体が急変したそうです。その直前までは大変お元気だったといいます。

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