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【BOOK】音楽は誰にだってつくれる! “作詞・作曲”をわかりやすく解説『丸山圭子の作詞作曲・自由自在』 (2/3ページ)

 --当時、アメリカではSSWの一大ブームが巻き起こっていました

 「キャロル・キングやジェームス・テイラーが大きく脚光を浴びていましたね。私も2次予選までの間にさっそく曲をつくってみたら、その『しまふくろうの森』が、全国大会で入賞できたんです。エレック・レコードとの契約も決まって、アルバム『そっと私は』で72年にデビュー。すべての書き下ろしが、本当に楽しくつくれました」

 --エレックといえばフォークの名門

 「私が入ったころは吉田拓郎さんはもういませんでしたが、泉谷しげるさんや、海援隊やすごい人たちばかり。あがり症の私がその大先輩方と一緒に…。厳しくもあり、優しくもあり。本当にいろいろなことを教えていただきました。宴会をやれば出入り禁止になったり、ハチャメチャなこともありましたが、私がここまで頑張ってこれたのは、雑草のようにビシビシ鍛えられた“エレック魂”のおかげです」

 --76年には「どうぞこのまま」(キングレコード)が大ヒット

 「20~21歳のころでしたが、自分の部屋にいたら、詩と曲が、一緒に降りてきたんです。タイトルもすぐに決まって。曲の構成はいわゆる歌謡曲の定型とは違って、自由なものだったけど、そこはエレックで築いた遊び心。テレビに何度も出させていただきましたが、曲の構成が分からないとよく言われました。そういえばテレビで大人のポーカーフェイスといわれた私の表情、実は緊張していただけで(笑)」

 --デビューから50年近く経ちましたが、今も自由に曲をつくり、楽しさを生徒に伝えています

 「楽器が弾けなくても曲がつくれるし、YouTubeやSNSがあって、完成した曲をすぐに発表できる時代です。バンドがスタジオに集まらなくても、上手に音を重ね合わせていけば大丈夫ですし。もしネットが普及していない昭和にコロナが起こっていたら、音楽は死んでいたかも…。そう考えると、この窮地をステップに、自由に楽しい曲づくりを頑張ってもらえればと思います」

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