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【新書のきゅうしょ】都市づくりの未来を見抜く先見性 田村明著「都市ヨコハマをつくる」(中公新書、1983年) (1/2ページ)

 横浜は戦後、進駐軍の市街地占領や、郊外の無秩序な住宅化などで荒れていた。本書は、著者が、1968年、飛鳥田一雄が市長を勤める横浜市の要請でコンサル会社から市役所に入り、企画調整局長として都市づくりに取り組んだ記録である。

 学生時代の私は、一読し、いたく心を動かされた。理想を論じるだけの評論家でなく、方針のみを示す政治家でもなく、実際に役所内で外部の開発者や省庁とせめぎあう著者の姿が魅力的だったから。

 例えば、市の北部郊外、多摩田園都市を開発する東急電鉄は、土地の区画整理を行い、街路の整備まではするが、法規的事由もあり、流入住民にとって必要不可欠な学校など公共施設の敷設には関わらない姿勢だった。

 これに対して著者は、地域住民の多くは東京に勤務するため、市として他地区に住む横浜市民の税金を、そこに全面投入するわけにはいかなかったと述べる。税金は学校など上物の建設費などに当て、用地は開発者側に負担してもらうべく折衝に動いた。が、東急側は強く抵抗する。そこで著者は先方に「ならば、『多摩田園都市にお住まいになる方には、市の財政上から公共の学校は当分建設できませんから、私立学校へおいで下さい』と訴える新聞全面広告を出す」とまで申し入れる。結果、東急側も折れ、施設の一部を負担する覚書が締結された。

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