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【ノンフィクションで振り返る戦後史】今ではあまり見られない討論相手へのリスペクト 保阪正康「三島由紀夫と楯の会事件」 (2/2ページ)

 映画を見て驚くのは、学生側からの、茶々をも含む質問に、三島は一切、むっとする様子もなく、真摯な態度で答えていること。意見を異にする二者の討論は相手を如何に論破するかに終始しがちだが、作家にその趣きは片鱗もない。学生が反論を始めれば、自ら持つマイクをその口元にあて発言を促す。彼らが自説を述べる際はじっと耳を傾け、その意を咀嚼しようと努める風情。

 集会後に両者の対論を書籍刊行した際、三島は全共闘サイドと印税を折半にする約束をしたそうだ。「彼らは、多分ヘルメットとモロトフ・カクテル(注・火炎ビン)を買ひ、私は『楯の会』の夏服を誂へた。みんなはこれを、わるくない取引だと言ってゐる」と綴っている。

 今、SNSで日々繰り広げられる「討論」で、異なる立場の論者が1対1でリスペクトの念を持ち臨むのを見る例は先ずない。やりとりはあっという間に炎上に至り、その後、片方が闇雲に謝罪するのみ。

 三島が市ケ谷駐屯地で割腹自殺した翌日、小学校の教室では、介錯された彼の首の写真が新聞に載っているだのいないだのと大騒ぎになった。70年の彼のエキセントリックな行動と、その前年、対論相手への尊重がにじみ出る振る舞いとの遠い距離には思い惑ってしまう。 (矢吹博志)

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