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【ぶらり、ぶんがく。本と歩く】実在の心中事件が永遠の物語に 大阪市北区・お初天神 角田光代「曽根崎心中」 (1/2ページ)

 天満屋の遊女・お初と醤油屋の手代・徳兵衛が、手を取り合って、闇の中を走る。

 〈目に映るもの、ぜんぶ最後だと初は思う。振り返れば明かりの消えた天満屋。新地の店みせ。ところどころ明かりがついて、三味線の音が聞こえてくる。走れば過ぎていく光景は、まるでうしろに流れて消えていくようだ。見上げれば星がまたいている。星も最後、夜も最後〉

 「曽根崎心中」は、江戸時代の作家、近松門左衛門(1653~1725年)が、実際にあった心中事件を題材にして書いた世話物浄瑠璃。徳兵衛は恩人の叔父夫婦から娘との結婚を勧められる。お初が好きなので断るが、継母が結納金を勝手に受け取りトラブルに。働く先を失い、親友と思っていた男にも裏切られ、詐欺の濡れぎぬまで。2人で暮らす未来を奪われたお初は決意する。もう一緒に死ぬしかない--。

 ネットで原文も拾えるが、角田光代(1967年~)の素晴らしい現代語訳がイチオシ。冒頭に引いたのは「此世の名残、夜も名残、死に行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜、一足づつに消えて行く、夢の夢こそ哀れなれ」という名場面の角田訳だ。堂島新地の廓から逃げた2人は最後に曽根崎の森で命を絶つのだが、悔しさや悲しみ、欲望や未練を振り切るようにして走り続ける終盤は、直木賞作家の面目躍如。恋なんて知らなければよかったのか…涙なしに読めない。

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