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【Youtuberスーツの旅行記】乗るだけで冒険 飯田線の特急「伊那路」

 東海道新幹線の停まる豊橋から、北に200キロ進んだ長野県、諏訪湖近くの辰野まで、伊那地方を経由しながら走る路線が飯田線です。この路線のスピードはとんでもなく遅いことで知られています。理由はいろいろありますが、地形が険しいのでカーブや急勾配が多数あり速度が出せないことや、建設時は土着の私鉄線であったという経緯から多数の駅が設置され、普通列車がすぐに停車してしまうことが挙げられるでしょう。

 そんな飯田線にもJR東海のサービス精神が行き届いており、お客さんはほとんどいないものの、飯田から豊橋までの間で特急「伊那路」が運転されています。日本屈指の遅い特急ですが、多数の駅を次々と飛ばすため、所要時間の短縮効果はかなりのものです。飯田発豊橋行きの伊那路号に全区間乗車してみました。

中部天竜駅に停車中の伊那路号 中部天竜駅に停車中の伊那路号

 列車は10時前に飯田を出発します。この時点では他に誰もお客さんがいませんでした。終点の豊橋まで130キロしかありませんが、2時間30分もかかります。駅を出ると飯田市内を遊覧するかのように、やたらと大きくカーブし、のたうち回るように走ります。この辺りの勾配が険しいので、距離を取りながら下るのです。立っていると自分の足元が大きく傾いているのを感じるほどです。カーブも急で、飯田の次の駅、切石ではホームと列車との間に大きな隙間ができるとのこと。降りるときは注意が必要なようです。伊那路号はこの駅を通過します。幼稚園児が見送ってくれました。

1キロあたり2~3本のトンネルがあり、一部は素掘りのまま 1キロあたり2~3本のトンネルがあり、一部は素掘りのまま

 最初の停車駅は天竜峡です。この駅は観光の拠点となっていますが、運行の拠点でもあります。ここから先が飯田線の神髄です。1929年に当時の私鉄会社「三信鉄道」が建設を始めた区間が続きます。駅を出発するとすぐにトンネルに入り、人をも寄せつけぬような天竜峡の絶壁を走り始めます。線路は常に曲がりくねり、とても速度を出すことはできません。トンネルはこれからしばらくの間、1キロにつき2~3本もあるそうです。よくこんなところに鉄道を引いたものだと、誰もが思うような区間です。過酷な建設工事には、当時日本が統治していた朝鮮の人も多く従事したそうです。飯田線が造られたのと同じ頃、沿線でもダムや水力発電所の工事が盛んに行われていましたから、本当に多くの朝鮮人がいたのでしょう。飯田市が日本一の焼き肉の街なのと関係がありそうです。

泰阜水力発電所 泰阜水力発電所

 沿線には3つのダムがあり、上流から「泰阜ダム」「平岡ダム」「佐久間ダム」の順番で、これは古い順でもあります。トンネルがあるのでダムの堤体を見ることはできませんが、泰阜ダムに併設されている水力発電所は良く見えます。戦前らしい厳かな佇まいです。

平岡ダム建設に伴い、放棄された旧線トンネルと現在線 平岡ダム建設に伴い、放棄された旧線トンネルと現在線

 次の平岡ダムは戦前に着工され戦後に完工したダムです。戦前には中国人に対する強制労働も行われていたことが、裁判で明らかになっています。平岡ダムの建設に伴い、飯田線は本来のルートで走れなくなったため、旧線を放棄して新しい線路に移行しました。旧線のトンネルや廃橋を間近に見ることができます。

 下流に行くほど影響が大きくなり、佐久間ダムはついに飯田線を完全に運行不能なものにしてしまいました。そこで、大嵐から先の区間では、旧線を完全に放棄することになりました。1955年以降、大嵐より中部天竜までの間では、全く違う区間を走るようになったのです。飯田線は天竜川の渓谷沿いを突然離れ、山を越えた隣の水窪川の谷へ移ってしまいます。三信鉄道が建設を始めてから20年以上経過したこの時代になると、長いトンネルを掘る技術も成熟してきていて、ここだけ突然に時速80キロの高速度で走ることになります。ちなみに、この大嵐周辺は現代でも鉄道以外にまともな交通手段がないという究極の秘境の地で、電車を使って郵便配達が行われるほどです。大嵐と隣の小和田の間は、電車だとわずか4分ですが、徒歩では7時間半かかります。

地質変状によって使用不能となったトンネル 地質変状によって使用不能となったトンネル

 水窪川沿いに出た電車は、先ほどより幾分開けた谷の中に敷かれた、幾分新しい線路を快調に走ります。ここは先ほどほど険しいところではないなと思っていると、トンネルの内部に不自然な分岐が現れ、しかも反対側は塞がれています。明らかに怪しい感じがしますが、この辺りの地質はかなり脆いものらしく、トンネルに危険の兆候がみられたため、問題の箇所を放棄して造りなおしたものだそうです。

渡らずの鉄橋 渡らずの鉄橋

 その先、今度は反対岸に渡るように見えて、渡らずに戻ってくる名所「渡らずの鉄橋」を通過します。本当はトンネルで山を抜けるつもりが、建設中に危険な状態となったらしく、造られたトンネルは放棄されてしまったそうです。この鉄橋でその区間を大きく迂回しています。

建設中に使用不能となり、放棄されたトンネル。渡らずの鉄橋に置き換えられた 建設中に使用不能となり、放棄されたトンネル。渡らずの鉄橋に置き換えられた

 このようにスリルの絶えない区間は概ね中部天竜までで終わりです。中部天竜はダムの建設に伴い廃止になった、かつての飯田線の線路と合流する地点です。

※この記事は、以下の動画を元にして書かせて頂きました

 ■スーツ YouTuber、1997年生まれ。2017年に史上最長の鉄道乗車券「最長往復切符」の旅の動画投稿を機に本格的な活動を開始。2018年には初の海外旅行として、鉄道と船だけでヨーロッパへ行き、ついでに世界一周して帰国した。青春18きっぷを使った体力勝負の旅行から、ファーストクラス利用の超豪華旅行まで、様々な種類の動画を投稿している。最近は新型コロナウイルスの関係で、視聴者に近場の旅行を勧めている。地元東京23区内で、感染に注意しながらの旅行を継続中。