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【マンガ探偵局がゆく】マガジン復活をリードした“新人3バカ” 小林まことがデビュー時代を描いた『青春少年マガジン』

 先週、今週と『週刊少年マガジン』に関する依頼が続くことになった。

 「小学校時代は『週刊少年マガジン』に夢中でした。柳沢きみおさんの『翔んだカップル』は、子どもにはちょっと難しいマンガでしたが、小林まことさんの『1・2の三四郎』や大和田夏希さんの『タフネス大地』、小野新二さんの『淳のスマッシュ』などのスポーツマンガに夢中でした。小林さん、大和田さん、小野さんは〈新人3バカ〉とか呼ばれて、毎週巻末に載る作者コメントで3人がバトルを繰り広げるのも楽しかったです。小林さんはいまもご活躍ですけど、あとのおふたりはどうされているのでしょう?」(53歳・教員)

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 1958年生まれの小林まことが、新潟から上京してひとり暮らしを続けながら描いた読み切り短編「格闘三兄弟」で『週刊少年マガジン』創刊1000号記念新人賞を受賞しデビューを飾ったのは78年。「格闘三兄弟」の主なキャラクターを活かして連載化したのが、出世作で代表作にもなった『1・2の三四郎』だ。そして、同じ1000号記念新人賞で佳作に入ったのが、52年生まれの小野新二が描いた「まぶしい夏がとおりすぎる」。両者は決選投票にもつれ込むほど実力伯仲していた。

 新人3バカのもうひとり大和田夏希は53年生まれ。『1・2の三四郎』とほぼ同時に『タフネス大地』の連載をスタート。すでに大和田守名義で学年誌などにテレビアニメや特撮番組のコミカライズ作品を発表していたが、これが実質的なデビュー作だ。

 ほぼ同時デビューの3人は年齢も近く、その後も仲のいいライバルになった。さらに、3人に続く新人が次々に登場したことで、一時期ライバル誌の後塵を拝していた『週刊少年マガジン』は復活したわけで、3人を「マガジン中興の祖」とも呼んでもいいだろう。

 しかし、人気マンガ家になった3人を待っていたのは締め切りに追われ身を削って作品を描く過酷な毎日だった。大和田は精神を病んで94年に自殺。小野は長年の肝臓病が悪化して翌年に亡くなっている。

 彼らの青春物語は、『週刊少年マガジン』創刊50年を記念して、2008年に小林が発表した『青春少年マガジン 1978~1983』に詳しい。単行本には小林のデビュー作「格闘三兄弟」も再録されている。依頼人にはぜひ読んでもらいたい1冊だ。

 ■中野晴行(なかの・はるゆき) 1954年生まれ。フリーライター。京都精華大学マンガ学部客員教授。和歌山大卒業後、銀行勤務を経て編集プロダクションを設立。1993年に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』(筑摩書房)で単行本デビュー。『謎のマンガ家・酒井七馬伝』(同)で日本漫画家協会特別賞を受賞。著書多数。

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