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【BOOK】「体の性と心の性がずれているのが性同一性障害」は大雑把な定義 人が真実に至る妨げだと思う 赤坂真理さん『愛と性と存在のはなし』 (1/3ページ)

 『愛と暴力の戦後とその後』以来6年ぶりの新書を刊行した赤坂真理さん。「生まれた性にくつろげる人は本当にいるのだろうか?」「私たちは自らの“性”を自覚しているのだろうか?」と疑問を投げかける。(文・井上志津 写真・おかじましえ)

 

 --WEBマガジンでの昨年の連載をまとめたそうですが、連載のきっかけは

 「6年前、NHKのテレビ番組で日本人の感受性やエロスについて語ったことです。この後、『性愛論を書いてみませんか』とお誘いを受けました。でも、純粋に論として書けるたちではないこと、自分自身の問題意識をからめるとしたら心理的ブロックが大きい領域だったことなどがあり、そこから時間がかかりました」

 --WEB連載の第1回で「いま私たちが性を語る言葉は、あまりに人々を分断し、対立させ、膠着(こうちゃく)させるものではないだろうか」と指摘しています

 「『性的多様性を認めよう』と言うとき、『ヘテロ』(異性愛者)は除外されて問題がないように見られているのが、自分としては一番不満でした。ヘテロも多様性の一つにほかならないからです。また、『セクシュアル・マイノリティー』が、少し違うスタンスの当事者の考え方を『認めない』と言ったりするのも見てきました」

 --最近の例として上野千鶴子氏の東京大学入学式祝辞や#MeToo運動もあげていますね

 「フェミニズムの功績は認めますが、フェミニズムがあまりに男性を敵とみなす学問である気がして、胸が痛んできました」

 --WEB連載していたときの反響はどんなものがありましたか

 「『書いてくれてありがとう』という声が多かったです。特に、日頃語られることの少ない男性の生きづらさを語ったので、男性から、ありがとうという声が多くありました。私は男性に特に肩入れしたとも思いません。公正に見たいと思いました。女性がプライベートな関係にある男性の、暴露に近い悪口を言うのは共感されますが、男性がそれをやったら非難を浴びます。それは不当だと思う。男性だけが『暴力に見える』のは、それこそ社会的背景から考えないと分かりません」

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