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【ぶらり、ぶんがく。本と歩く】津波被害からの復興に思い巡らす 高村光太郎「三陸廻り」 宮城県女川町・高村光太郎文学碑 (1/2ページ)

 出張先の宮城県女川町で、大きな碑を見つけた。震災遺構として整備された旧女川交番に立ち寄ろうと港に車を止めたら、駐車場のわきにある巨大な岩が目に留まった。碑面には、彫刻家としても文筆家としても知られる高村光太郎(1883~1956年)の文章と絵が彫られていた。

 〈古さびた女川の町が夜になると急に立ち上る。ただ海から来た人々への夜の饗宴の為にのみあるかと思う程、此の小さな町が一斉に一個の盛り場となる〉

 ネットで調べると「三陸廻り」という随筆の一節だった。昭和6(1931)年に時事新報に10回掲載された紀行文で、石巻から金華山、女川、気仙沼、釜石、宮古などを旅したという。平成3(91)年に建立されたこの文学碑は、東日本大震災で倒れはしたものの流されずに残った。町の再整備が進んで、再建されたそうだ。

 10年前の3月11日。女川に押し寄せた津波の高さは20メートルに達した。高台にある病院の1階まで冠水して、市街地は壊滅。港からその病院を見上げると、人々を襲った津波のとんでもない大きさを実感して、へたり込みそうになる。とはいえ再建は少しずつ進んでいる。かさ上げした土地に女川駅が再建され、駅前にはシーパルピア女川という商業施設が整備された。観光客の姿もあった。

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