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【あきらめない肝臓がん】「まさにパラダイムチェンジ起きた」 免疫+分子標的薬で難治性の低分化型がん大幅縮小

 60代の植野孝一さん(仮名)に肝臓がんの疑いが浮上したのは昨年12月に受けたPET(陽電子放射断層撮影)検査だった。全身を写す検査だが、肝臓で光る部分が見つかったのだ。

 PET検査ではブドウ糖の一種、FDG(フルオロデオシグルコース)を注射。がん細胞は正常細胞よりもブドウ糖を多く摂取する。腫瘍細胞にはFDGが集まりやすい性質があるため、光った部分はがんの可能性が出てくる。

 「まさかの再発?」。植野さんは血の気の引く思いに駆られた。実は十数年前に肝臓がんを患ったことがあるからだ。そのときはラジオ波焼灼療法(RFA)で治療し、完治したと思っていたのだが…。

 地元の病院では「難治性の肝臓がんです。うちでは治療できません」。それでも望みを捨てず、近畿大学病院(大阪府大阪狭山市)の工藤正俊主任教授(消化器内科学)を受診した。

 診断結果は、5センチ大の低分化型肝細胞がん。「低」といえば、悪性度が一番低そうなイメージもあるが、実際はその逆。工藤教授は解説する。

 「分化度とは、がんの“顔つき”のことで、高、中、低に分類されるなかで低分化は最も悪性度が高いものです。高分化は正常な肝細胞に近く悪性度が低いのに対し、低分化の肝細胞は悪性度が高く、どんな治療にも反応しません」

 さらに植野さんのがんは肝門部という大きな血管と血管の間にできていた上、がんの形も「多結節癒合型」と呼ばれる悪性度の高いがんで、「手術もTACE(動脈化学塞栓療法)も不可能で、従来なら手の打ちようがありませんでした」

 工藤教授は奥の手とばかり、昨年秋に承認されたばかりの、免疫チェックポイント阻害剤「テセントリク」と分子標的薬「アバスチン」の併用療法を提示した。

 植野さんもそれを望み、昨年末から今年1月にかけて2度投与、治療開始後6週間で腫瘍が60%以上も縮小したことが確認された。「このペースで腫瘍が縮小すれば、完治に近づくことも不可能ではないでしょう」(工藤教授)。

 薬剤の開発を手がけた中外製薬によると、国際共同治験には切除不能で全身薬物療法を受けていない肝細胞がんの患者501人がエントリー。免疫併用療法の群と別の薬剤単剤の群に分けたところ、免疫併用療法の群が死亡リスクや病勢進行リスクをそれぞれ約40%減少させた。工藤教授もこの治験の研究を主導した1人で、米科学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に掲載された論文に共著でかかわった。

 この併用療法は、切除不能と診断された肝細胞がん(国内では肝がんの91%を占める)に対する初めてのがん免疫療法として国内の承認を取得した。

 「これまで治療が難しかった低分化型や血管にがんが食い込んだ門脈腫瘍栓など難治性の肝臓がんにも効果が期待できます。まさにパラダイムチェンジ(劇的な変化)が起きました」と工藤教授。

 植野さんも目に見えて改善する治癒の方向を実感している。コロナ禍の受診にもかかわらず、近大病院への足取りは軽くなっている。 (取材・佐々木正志郎)

 ■工藤正俊(くどう・まさとし) 1978年京都大学医学部卒。米カリフォルニア大学デービスメディカルセンターなどを経て99年、近畿大学医学部消化器内科学主任教授に就任。クラリベイト・アナリティクス「高被引用論文著者・臨床医学部門」に日本人として初めて2年連続で選出。世界超音波医学会、アジア太平洋肝癌学会の理事長のほか、日本肝臓学会などの理事を多数歴任。

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